元野良猫「ぽんた」が残した小さな赤い染み あの日の判断を後悔(24)

 夏の日の真夜中、ぽんたは血の混じったオシッコをした。「猫」「血尿」とインターネットで検索をかけると「膀胱炎」「尿石症」という病名がひっかかった。

(末尾に写真特集があります)

 ぽんたは、猫トイレを出たり入ったりを繰り替えし、そのたびに排尿の姿勢をとる。尿の量は少ない。鳴きながら私のベッドに戻ってきては落ち着かない様子で歩き回り、何度も腰を落とす。立ち上がったシーツの上には、小さな赤い染みが残った。私はティッシュペーパーでそれを拭き取り、トイレとベッドを往復するぽんたの後を追いながら、泣きそうになっていた。

 実はぽんたは、3週間ほど前に数回、私のベッドで粗相をした。しかしその原因について、あまり深刻には捉えていなかった。ぽんたが家に来たばかりの頃、何度か私の布団をトイレ代わりにしたことがあったからだ。何かのきっかけでたまたまそのことを思い出し、用を足してみたら快適で、気まぐれで排尿したのでは、と、そんな解釈をしていた。「猫はトイレが不潔だったり、気に入らないとよそで用を足す」という話は聞いたことがあったが、トイレはいつも清潔にしていた。

「病院の帰りにアイスでも買ってくれるの?」(小林写函撮影)
「病院の帰りにアイスでも買ってくれるの?」(小林写函撮影)

 私のベッドには、いつぽんたが粗相してもいいように防水シーツがかけてある。シーツの上に赤い水玉模様のように散るぽんたの尿を見て、あのときの粗相を軽視していたことを悔やんだ。膀胱炎か尿石症かはわからないが、不具合のサインだったのかもしれない。

 夜半から降り始めた雨が激しくなり、風も強くなってきていた。台風が接近中で、東京はこのあと暴風域に入る予報だ。今夜中に仕上げる予定だった仕事は手につかず、ティッシュペーパーを手にウロウロしているうちに空が白んできた。

 尿意がおさまったのか、ぽんたはベッドの端で丸くなり、そのまま目をつむった。

 診療開始と同時に、動物病院に連れて行きたい。窓外に目をやると、木々の枝はちぎれんばかりにしなり、風はうなり、雨脚はますます強く、水しぶきで辺りが白く曇っている。

 これでは、自転車はもちろんのこと、徒歩でもぽんたを連れて外出するのは難しそうだ。タクシー会社に電話をするが、車はすべて出払っており、何時に迎車をまわせるかはわからないという。

 夕方になれば風雨は弱まる予報だが、私は昼から仕事で外出しなければならず、夜まで帰宅できない。病院行きを明日まで持ち越せば、またぽんたにつらい思いをさせてしまうだろう。

「おばちゃんにも耳があれば、僕みたいにかっこいいのにね」(小林写函撮影)
「おばちゃんにも耳があれば、僕みたいにかっこいいのにね」(小林写函撮影)

 私は、出張中のツレアイに電話をかけた。無理をしてでも、これまで通っていた「自転車で3分」の近所の病院に、ぽんたを診せに行ったほうがよいかを尋ねるためだった。すると、

「もし膀胱炎だったら、診察なしで、抗生物質とか薬を処方してもらえるんじゃないかな。近所の病院と隣町の病院、両方に電話で聞いてみれば」
という返事。

 そこでまず、近所の病院に電話をした。看護師さんにぽんたの容体とこちらの事情を話し、薬だけ処方してもらえないかを聞いた。

「でも……実際にぽんたちゃんを診察をしてからではないと、お薬をお出しするのは難しいですね……種類はいろいろありますし。午後には雨も落ち着くようですし、それから連れて来られてはいかがでしょうか」

 午後に行くのは無理だと話したのに。説明はもっともだと思ったが、いつもぽんたにやさしく接してくれる看護師さんの声が、知らない人のように聞こえた。

「カメラなんか構えてないでさ、のんびりしたら」(小林写函撮影)
「カメラなんか構えてないでさ、のんびりしたら」(小林写函撮影)

 続いて、隣町の病院に電話をし、電話口の看護師さんに同じ説明をした。

「わかりました。では、院長先生に話をしてみて、折り返しお電話をします」

 そうして10分後に先生から直接電話がかかってきた。

「ちょうど先日の尿検査の結果がでたところで、お電話しようと思っていました」

とのこと。

 その結果からみても、膀胱炎だろうという見立てだった。

「腎臓病の子は、膀胱炎になりやすいんですよ。抗生剤と消炎止血剤を数日分出しますから、それで様子を見ましょう。病院までお越しになれますか」

 助かった、と私は思った。

 電話を切り、「お薬もらってくるからね」とぽんたに声をかけ、クローゼットの奥からまだ一度も使ったことのない雨がっぱを引っ張り出した。長靴を履き、おそらく用を足さないだろう傘を手に、私は玄関のドアを開けた。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】夜中に突然「あーうー」 元野良猫「ぽんた」尋常でない鳴き声(23)
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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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