余命数日だった猫「ぽんた」 私の隣でゆっくりと息を引き取った(48)

 慢性腎臓病末期のぽんたの余命があと数日と診断され、自宅で皮下点滴の往診を受けて2日目のことだった。仕事で外出していた私は、自宅にいたツレアイから「ぽんたの息が荒くなっている」と連絡を受け、急いで家に向かった。

(末尾に写真特集があります)

 玄関を開け、部屋に入ると、ぽんたは、朝出かけたときと同じように、私のベッドで横たわっていた。かけ布団がゆっくり上下しているのを見て、私は胸をなでおろした。

 確かに呼吸は少し浅い。でも、今にも息絶えてしまいそうな状態ではなかった。

 ツレアイは少しおおげさに言ったのだろう。それでも、外出先でランチなどしないで帰ってきてよかったと思った。

 今日も私の留守中、動物病院の院長先生が往診に来てくれた。昨日と同様、皮下点滴をしてもらったが、ぽんたは抵抗したり、うなったりすることもなく、先生にちらっと視線を送っただけで、されるがままだったとツレアイは言った。

 ぽんたの頭をなでながら、顔をのぞきこんだ。声をかけると目を開けて、ちょっと頭を動かしたが、起き上がる元気はないようだった。

「上から目線に負けない下から目線」(小林写函撮影)
「上から目線に負けない下から目線」(小林写函撮影)

 そのあと、私はほとんどの時間をぽんたのいる部屋で過ごし、進めなければならない仕事をした。目を離している間に何かあったらと気が気ではなく、食事も簡単にすませた。

 夜になると、ときどき、短いしゃっくりのような動作をするようになった。目は開いたまま、一方向を向いて動かない。呼びかけても反応しない。

 私は、15年前、入院中に亡くなった父親のことを思い出した。がんの末期で、主治医から「あと1週間」と告げられ、数日間は家族と普通に会話もできたのに、急に容体が変わり、昏睡状態に陥った。今のぽんたは、そのときと様子が似ていた。

 今晩は、眠るわけにはいかない。

 私は、ノートパソコンを抱えてベッドに上がり、ぽんたの横に座った。ぽんたの顔をのぞきこんだり、なでたり、話しかけ、その合間にパソコンに向かい時を過ごした。

 午前3時をまわったころ、睡魔に勝てなくなり、服を着たまま、ぽんたの隣で仮眠のつもりで横になった。

 うとうとしていると、ぽんたの呼吸が荒くなった音で目が覚めた。

 ぽんたは、例のしゃっくりのような動作を繰り返す。頻度が高くなり、からだが上下に揺れる。ぼんやりとした頭に、亡くなる直前の父親の姿が浮かんだ。

 私は、「ぽんた、ぽんた」と大声で呼びながら、体をさすった。

 ほんの、数秒の間だった。
 すうっと、ゆっくり消えるように動きが止まり、静かになった。

 午前5時13分のことだった。

「高い台の上で寝ていたら、ニワトリになる夢を見ちゃった」(小林写函撮影)
「高い台の上で寝ていたら、ニワトリになる夢を見ちゃった」(小林写函撮影)

「ぽんた、亡くなったよ」

 私は、別の部屋で寝ているツレアイに声をかけた。いつもは呼んでもなかなか布団から出ないツレアイが、がばっと起き上がった。

 たった今、息を引き取ったばかりのぽんたを見ると、「ぽんた……」と言って背中をなで、涙をこぼした。

「全然、苦しまなかったよ」と口にしたとたん、私は胸が詰まり、涙があふれて止まらなくなった。

「毛づやもいいし、からだもふっくらして、穏やかな顔をしてる。ちゃんと病院に通って、最期まで点滴をしてもらったからかな」とツレアイは安心したように言った。

 ツレアイは子どもの頃に、家にいついた猫を病気で亡くしていた。半世紀近くも前のことで、当時、田舎では猫を病院に連れていくことは一般的ではなく、その猫は見た目にもひどくかわいそうな様子で旅立ったという。そのことが忘れられず、二度と猫の看取りはしたくないと、最初、ぽんたの保護に反対したのだ。

「ヒゲも伸びたしそろそろ床屋かな」(小林写函撮影)
「ヒゲも伸びたしそろそろ床屋かな」(小林写函撮影)

 私は、ぽんたのからだをすみずみまでぬれタオルできれいに拭き、ブラシで毛並みを整えた。そしてツレアイと2人でぽんたを抱え、頭と足の向きを丸くなって眠っているような格好に整えて、ぽんたが気に入っていた猫用ベッドに寝かせた。

 これから葬儀で見送るまでの数日間、ぽんたのからだが傷まないように、保冷する必要がある。

 家には、十分な保冷剤がなかった。まだドラッグストアが開く時間ではないし、コンビニに行けば、ブロック氷か何かあるだろうと思い、外に出た。

 遠くの空が白みはじめていた。天を仰いで深呼吸をすると白い息が立ちのぼり、晩秋の冷えた空気に溶けた。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】家で過ごす末期の猫「ぽんた」 できるだけそばにいようと決めた(47)
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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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