骨肉腫が判明して3日目の番長と三橋さん。この日から一日も欠かさず写真を撮り続けた(三橋さん提供)
骨肉腫が判明して3日目の番長と三橋さん。この日から一日も欠かさず写真を撮り続けた(三橋さん提供)

引退ドナー犬、骨肉腫で余命わずかと判明 大の仲良しの動物看護師と交わした「約束」

 各地の動物病院などで働く動物看護師さんに、忘れられないエピソードを聞く連載。第1回となる今回は、病院で飼われていたドナー犬との交流のお話の前編です。

(末尾に写真特集があります)

憧れの大型犬は「手のかかる弟」

 動物看護師として、神奈川県横浜市にあるぬのかわ犬猫病院に入社した三橋有紗さん。病院犬として飼われているジャーマン・シェパード・ ドッグの「番長」をはじめて見たとき、胸が高鳴った。

「もともと大型犬が好き。でも、ご近所にもそんなにいないから、『シェパードだ! 夢の大型犬だ!』ってうれしくなりました。見た目もめちゃくちゃ好みだったし(笑)」と三橋さんは出会いを語る。

シェパード
番長はスタッフ全員の大切な仲間(三橋さん提供)

 たいていの動物病院には、病院犬、病院猫などと呼ばれる犬や猫がいる。捨てられた、難病で一般家庭での飼育が難しいなど、そこにいる理由はさまざまだ。番長は血液のドナー犬だった。

 動物も人間同様、病気や手術などで輸血が必要になるケースがある。そんなときドナー犬猫がいれば、すぐに採血して血液を調達できる。番長が病院に来た経緯には諸説あったが、どうやらここをかかりつけとしていたブリーダーが、「この子、毛が長すぎて売れないからあげるよ」と、くれたらしい。

 ほどなくして、三橋さんがメインで番長の面倒を見ることになった。馬が合ったのだろう、ふたりは「お姉ちゃん」「手のかかる弟」と呼べるような絆で結ばれていった。

 弱虫で甘えん坊。まわりにからかわれてしまうほど、つねに三橋さんを目で追い、ぴったりついて歩く。「あまりに近くを歩くから、私のかかとを踏んで転んだり、逆に私が転びそうになったり」と笑う三橋さん。

動物看護師とドナー犬
仲良し「姉弟」。三橋さんはまわりから、番長の「お姉ちゃん」と呼ばれた。皮膚が弱いため、ケアしやすいよう体の毛を短くカットしていたとき(三橋さん提供)

 一方で、いったん仕事に入ればたのもしい存在だった。「輸血では、ドナーと患者の血液が適合するかテストを行います。番長はすごく優秀な血の持ち主で、合わないことはまれ。本当に色んな子を助けてきました」

 そんな番長も8歳になり、ドナー犬としての仕事は引退することに。三橋さんが引き取ることも考えたが、住んでいるマンションは、番長の大きな体にはあまりに手狭だ。そこで、スタッフ皆の「かわいがり要員」としてセカンドライフを送ることになった。

何も食べない姿にうちのめされる

 引退した翌月。いつもの朝の世話をする際、番長を見ると、左の前脚を上げているのが目に入った。その瞬間思わず、ケージを掃除していたスタッフに、「踏んだでしょう。痛い痛い言ってるじゃん」と詰め寄ってしまったという。

 診察が始まる前に急いでレントゲンを撮ってもらう。結果は絶望的だった。「骨の一部がモヤモヤと溶けて見える。特徴的な所見でした。大型犬でそこそこ高齢ということを考えると、骨肉腫でまず間違いないとわかりました」

 その途端、目の前が真っ暗になった。大型犬の脚にできる骨肉腫は悪質で、そのままにしておけば、骨が折れたり強い痛みに苦しんで亡くなる。

 そのため、腫瘍(しゅよう)のある脚を切断するのが一般的だが、非常に転移しやすいため、前脚なら肩甲骨から脚を一本丸ごと取らなければならない。そうやって断脚しても、治療としてこの手術のみ行った場合の生存期間は、多くは5カ月ほどだ。

「とにかく、断脚しないでおいていいことはないので、手術することは私はすぐに決めました。でもやっぱりすごくつらくて。どうしようどうしようって、番長の部屋のへりに座って、ベソベソ泣いていたんです」

 病気が見つかった日も、次の日になっても、番長はご飯を食べなかった。不安そうな目でこちらをジッと見てくる。その顔と、何も食べないという事実に、「やっぱりすごく痛いんだ」と、さらに落ち込んでいったという。

しょんぼりした犬
骨肉腫が判明して2日目。しょんぼりした表情(三橋さん提供)

どんな治療にもまさる薬、それは…

 3日目になっても、番長は食事に口をつけない。その姿を見ているうちに、ふと、ある疑いが頭をもたげた。「もしかしてこれ、私のせいじゃない?」

「番長は、私の顔をよく見る子なんです。そしてものすごくおだてに弱い男(笑)。ほめられるとすぐ、『ヘヘヘヘ、オレすごい』ってなっちゃう」

「まさかな」と思いつつ、わざと泣くのをやめてみた。そしてこう話しかけた。「番くーん。番くん、ご飯食べたらカッコいいなー。もうおなかペコペコでしょう。食べたい? 食べる?」

 楽しそうにお皿を引っ込めたり出したりしていたら、だんだんとしっぽが上がってきた。「食べたい人ー?」と言うと、しっぽをパタパタッ。「どうぞ!」と差し出すと、ガツガツと勢いよく食べ出したのだ。

「それを見て私、泣きそうになったけれど、ここで泣いてはこいつはまた困ると思って(笑)。『番くんすごいな。世界一カッコいいかもしんないよ、宇宙一かな』とかやっていたら、ペロッと食べ終わり、『別にオレ、おかわり食べてもいいよ』みたいな顔で上機嫌になったんです」

 この一件は、動物看護師である三橋さんに大きな教訓をもたらした。動物が病気になったとき、治療やケアはもちろん大切だ。でも一番の薬は、飼い主の笑顔やポジティブな気持ち、声がけなのだと。

 このとき番長と交わした約束が、「笑顔で、仲良く、楽しく」だ。

ドナー犬と動物看護師
番長とのかけがえのない一日一日を、写真に収める(三橋さん提供)

 その日から三橋さんは番長とスタッフの誰かを日替わりで、写真に撮り始めた。スタッフにはメッセージを書いた紙を持って、笑顔で写ってもらう。「約束」を実行するために。そして、長くはない番長との日々を形にして残すために。

◆後編へ続きます。

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保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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