「おばちゃん、そこはつかむとこじゃないよ」(小林写函撮影)
「おばちゃん、そこはつかむとこじゃないよ」(小林写函撮影)

野良猫「にゃーにゃ」を迎えるために じゃらしで遊び変化をよく見て頃合いを待つ日々

 人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取ってから2カ月が経とうとしていた1月初旬、私はぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を保護しようと決めた。

(末尾に写真特集があります)

ツンデレな野良猫「にゃーにゃ」

 にゃーにゃは、私が野良猫に興味を持ちはじめた頃、ぽんたより先に出会った猫だった。当時はスーパーの裏の空き地によく出没し、買い物客からご飯をもらい、なでられ、写真を撮られたりしていた。

 人が集まっていると必ずその中心にはにゃーにゃがいる、という状況で、まさに地域のアイドルだった。

「かわいいし人に慣れているから、飼ってくれる人がすぐにみつかるんじゃないかしら」と言う人もいたが、そうはならなかった。

 それは、成猫だということもあった。それ以上に、にゃーにゃが家猫になることを望んでいなかったからではと思う。満腹になると、さっさと草むらの向こうに消えていく。その様子は、愛想よくするのは食事にありつくためと割り切っている印象だった。

野良猫
「赤い袋には食べ物が入ってるのかと思ったら空みたいだ」(小林写函撮影)

 ぽんたが生活圏としていた、住宅街にある広い砂利敷の駐車場でもよく出会った。でも空腹時以外に自分からすり寄ってくることはなかった。こちらが近寄ればなでさせてはくれたが、いつも心ここにあらず、といった感じで、人間の相手に飽きると去っていく姿は、ツンデレそのものだった。

いつでも人にすり寄るように

 それがここ最近、少し様子が変わってきていた。

 以前は近所のあちこちを闊歩していたのに、砂利敷駐車場やその周辺で過ごす時間が増えた。特に駐車場の並びにあるSさんというお宅のガレージにいることが多く、停めてある車の屋根や、バイクのサドルの上でくつろぐ姿を見かけた。

 人が通るとすぐさま降りてきて、尻尾をピンと立てて足元にまとわりつく。その人がご飯をくれようが、くれまいが態度は変わらずで、なでられると満足そうに顔をこすりつける。

 今のにゃーにゃなら、家猫になることを受け入れるのではないか、私はそう感じた。

家族に迎えるために礼儀を持って

 とはいえ、ことは慎重に運ばなければならない。

 まず、私はSさんの家のインターフォンを押した。もしSさんが世話をしている猫だったら、勝手に連れ去ることはできないからだ。

 近所に住むものですと名乗り「いつもお宅の前にいる猫ちゃんのことなのですが、こちらの飼い猫でしょうか?」と聞くと「違いますけど」と怪訝な声。

 それで「実は、うちで保護して引き取ろうかと思っているんですが」と切り出すと「そうなんですか、ちょっと待ってくださいね」と急に声のトーンが上がり、私の母親世代ぐらいの女性が現れた。

「僕のちくわ返して!」(小林写函撮影)

「野良なんですよ、うちのガレージに住んでいるみたいでねえ、昨年亡くなったうちの柴犬と仲がよくて、散歩のときはいつもついてきてたの。私もご飯をあげているけど、通りかがりに餌をやる人が多くて、ほらこの通り、こんなに肥えちゃって」

 と言いながらSさんは、バイクのサドルに座って毛づくろいをするにゃーにゃに目を向けた。

 Sさんの家には、もう1匹小型犬がいるが、にゃーにゃとは折り合いが悪いそうだ。その犬は持病持ちでもあり、とても猫まで飼える余裕はないという。

 バイクの横には「猫さん用」と書かれた段ボール箱が置かれていた。娘さんが寝床として作ったものとのことだった。

「玄関先でご飯をあげていると、目を離したすきに家の中まで入ってきちゃうのよ。だから、ちゃんと家で飼ってくれる人が現れたら、きっとこの猫も喜ぶわ」

安心してもらえるよう距離を縮める

 これで安心して保護に踏み切れるが、まだやることはあった。

 アイドル猫、にゃーにゃにはファンが大勢いる。こちらはそのうちの一人に過ぎない。保護するまでにもうちょっと距離を縮め、にゃーにゃに私という人間の存在を認識してもらいたかった。信頼関係までは築けなくても、少なくとも「知らない人にさらわれる」という恐怖を味あわせなくてすむ。

 私は、にゃーにゃに会うため、アパート前に日参した。

 そして車が出払い、ほぼ空き地と化している駐車場で、にゃーにゃ相手にじゃらし棒を振ってみた。

 にゃーにゃは夢中で飛びかかった。空中に振り上げると、私の背丈よりはるかに高い位置でもジャンプして、竿の先についたおもちゃを捕えようとした。地面に這わせれば、俊敏に動き回り、引きずって歩けば、いつまでも後ろをついて来る。

 それは、想像を超える熱心さだった。

「また来たぞ、遊んでくれるのかな」(小林写函撮影)

 人通りのない平日の昼間の住宅街で、猫相手にじゃらし棒を振る中年女性の姿は、はたから見るとかなり怪しい。だが、私は気にせず、青空の下で毎日じゃらし棒を振った。

 そのうちにゃーにゃは、私が現れると待ちきれないようすで近づいてくるようになった。ひとしきり遊び、バッグの中にじゃらし棒をしまっても、また引っ張り出そうとするほどだった。

 こうして、にゃーにゃを迎える準備は着々と進んだが、肝心な問題がまだ残っていた。

「もう猫はいいよ、うちの猫は、ぽんただけで十分」と、ことあるごとに口にしているツレアイに、私はまだ何も話していなかった。

(次回は4月1日公開予定です)

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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