「ダイニングキッチンは日当りがいいの」「僕たち決して仲がいいわけじゃないんだ」(小林写函撮影)
「ダイニングキッチンは日当りがいいの」「僕たち決して仲がいいわけじゃないんだ」(小林写函撮影)

愛猫「はち」と「ハナ」との暮らしに事件 約2カ月に及んだ飼い主自身の緊急入院

 先住猫「はち」と元保護猫「ハナ」、2匹の多頭飼育生活がはじまって1年半が経った2023年の年明け早々、事件が起こった。私が病気にかかり入院することになったのだ。

(末尾に写真特集があります)

飼い主、夜間救急外来へ

 それは人間にとっても、猫たちにとっても晴天の霹靂(へきれき)だった。

 前年の暮れから腰を悪くし、冬になると起こるいつもの腰痛だろうと軽く考えていた。それにしては痛みがひどく足も痺(しび)れるので整形外科を受診したところ、椎間板ヘルニアと診断された。

 だが、処方された鎮痛剤を飲んでも痛みは緩和されず、むしろひどくなる一方だった。年が明け、いよいよ歩行が困難になり、夜間、ツレアイの運転する車で近所の総合病院の救急外来に駆け込んだ。

 検査の結果、告げられた病名は化膿性脊椎炎(かのうせいせきついえん)及び腸腰筋膿瘍(ちょうようきんのうよう)。感染症の一種だった。腰に近い背骨である腰椎の間に細菌が付着し、膿となって腸腰筋に広がり炎症を起こし、それが腰と足に激しい痛みとなって現れたのだった。

 この病気の多くは70歳以上の高齢者や、糖尿病などの基礎疾患があり体力や免疫力が低い人がかかるという。50代の私の場合は、多忙などの理由からストレスがかかって免疫力が低下していたため罹患(りかん)し、悪化したのだろう、とのこと。「あと数日、病院に来るのが遅かったら命を落としていた」とも言われた。

「お父さん」に託すしかない

 その場で即、高度治療室に入院となった。両腕が管につながれ、点滴による抗生剤治療が始まった。数日後、全身麻酔で膿を取り除く手術を受けたが、予後が悪く高熱が続き、敗血症を引き起こした。

 極めて危険な状態だったらしいが、私の意識ははっきりしており、寝たきりの状態でスマホを握りしめ、ツレアイに現状の不安と不満、愚痴やら要望やらのメールを送りつけていた。まだコロナ禍で、面会は禁止されていた。

「おばちゃん、逃げちゃったの?」(小林写函撮影)

 このときは正直、猫たちのことを考えたり心配したりする心の余裕はなかった。もっともツレアイが彼らの面倒を見てくれているので、その必要はなかったともいえる。

 実はツレアイは、私が病気になるまで、猫たちの世話はしない人だった。なでたり、ブラッシングをしたり、動物病院に行くためにときどき車を出してくれたり、爪切りを手伝ってくれたりはした。だがご飯をあげたり、食器を洗ったりトイレを掃除したりという日常的な雑事は私の役目。

 もともと、猫を飼いたがったのは私だし「世話全般は全部自分が引き受ける」と宣言してはじめた猫飼育生活だ。ツレアイは「かわいがるが、世話はしない」という、ひと昔前の「お父さん」のような立ち位置でいた。

 しかしこうなったからには、すべてを「お父さん」に託すしかない。

「おじちゃん、最近ご飯があんまりおいしくないような気がするんだけど」「そうよ、おばちゃんのときのほうが、おいしかったわ」(小林写函撮影)

 不幸中の幸いだったのは、年末に私が寝たきり状態になったときに、お世話に関するこまごまとしたルールを説明できていたことだった。

 フードや猫砂の保管場所にはじまり、給餌量(きゅうじりょう)やトイレ掃除のやり方etc。危機管理のしっかりしている飼い主なら、元気なときに「お世話ノート」を作成し、家族や友人でも共有しやすい場所に保管していると、あとで聞いた。私は、そういう準備はまったくしていなかった。

 幸い、私に合う抗生剤がみつかり、熱もひき、入院から2週間後には高度治療室から一般病棟に移ることができた。リハビリもはじまり、最初は車椅子での移動だったのが歩行器で動けるようになり、談話室でツレアイに携帯から電話もできるようになった。

 この頃になると、少し余裕がでてきた。猫たちが私の不在をどう感じているのか、行動に異常がないのかが気になるようになった。

ツレアイと過ごす日々

 だが、心配は無用のようだった。最初は2匹とも私の部屋でウロウロしていたようなのだが、そのうち行かなくなったという。私がいないから、というより、「暖房を入れなくなって寒いから」というのがツレアイの見解だった。

 2匹とも快食快便で、日中は、家でもっとも日当たりのよいダイニングキッチンで過ごすことが多くなったようだった。ツレアイは、皆が別々の部屋に分散すると光熱費がかかると考え、自分のベッドマットをダイニングキッチンに移動させ、そこで寝起きもするようになった。

 寝るときは1人を好むツレアイは、猫たちがやってくると「きみたちはあっちで寝なさい」と言い、キッチンとリビングの間に垂らしたカーテンを閉めるようにした。すると、消灯以降はいっさいキッチンには入ってこなくなったという。

「甘くて、おいしそうね」(小林写函撮影)

 毎年、年明けには猫たちに定期検診を受けさせることにしていた。ツレアイは、これまで1人で動物病院に猫たちを連れて行ったことはなかったが、頼むと、引き受けてくれた。病院の待合室では「ニャーニャー」の大合唱で、いいおじさんが2つのキャリーバッグをたずさえて座っているのが恥ずかしく「『僕は代理で来ています』という札を首から下げたかった」と、あとでツレアイは言った。

さぼっていた自身の体調管理

 幸い、2匹とも健康状態に問題はなかった。だがもし、猫たちに何か大きな病気がみつかっても、物理的にも金銭的にもこのとき治療をするのは難しかったかもしれない。私のほうが、まだ最低1カ月半は入院治療が必要と医師から言われていたし、その間の仕事はすべてキャンセルしてしまったからだ。

 このとき、私は実感した。猫の健康管理も大切だが、もっとも重要なのは、飼い主の体調管理だ。これまで病気らしい病気を一つもしたことがなかった私は、自分を過信していた。猫の定期検診は毎年欠かさなかったくせに、人間のそれは、何年もさぼっていた。

 こうして、緊急入院から約2カ月後のひなまつりの翌日、私は杖をつきながら無事退院し、久しぶりに猫たちと対面することになった。

(次回は12月20日公開予定です)
【前の回】首尾上々だったはちとハナの留守番 猫たちに好かれるキャットシッターの存在

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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