元気がない元野良猫「ぽんた」 小さく「なー」と鳴くだけ(17)

 ぽんたが、食事を残すようになった。家に来て3カ月が経ち、春の気配が感じられるようになった頃だった。

(末尾に写真特集があります)

 ついにきたか、と私は思った。「猫は昨日まで食べていたフードに興味を示さなくなったり、偏食したりと、気まぐれで好みにうるさい動物」と聞いていたからだ。

 ぽんたは、野良猫時代に食に困った経験があるせいか、これまでフードのえり好みはしなかった。少し前に風邪をひいたとき、はじめてウェットフードを与えた。動物病院で処方された抗生剤を砕いて混ぜたかったからなのだが、薬入りにもかかわらず、ぽんたは満足そうに平らげた。

 とはいえ、たまにもらえる「ごほうび」の少量の刺し身以外、3カ月間ほぼ毎日同じものを食べさせられては食傷気味になるのも無理はない。

「洗濯物干すからどいてって?」(小林写函撮影)
「洗濯物干すからどいてって?」(小林写函撮影)

 そこで、フードの種類はそのまま、猫用のかつおぶしを少量ふりかけて味に変化をつけてみた。ぽんたは、少し警戒しながらに鼻を近づけたが、すぐに前のめりになって口を動かし、きれいに食べた。この方法で1日の規定量を完食する日が続き、ほっとしたのもつかのま、再びフードが器に残るようになった。今度は、以前与えたウェットフードをトッピングする方法を試みた。それでも食べ方は改善されない。

 朝起きると、ふたが開いた自動給餌器の中にドライフードが手つかずで残るようになった。これはまずい、と思った。ダイエットどころか、必要な栄養が摂取できなくなってしまう。

 これまでぽんたには、ダイエット用に低カロリーのフードを与えていた。体重が目標値に近づいた今、もうこだわる必要はないだろう。そこで思い切って、味と香りを優先して選んだ、少々値の張るドライフードに切り替えた。

 これも数日間はよく食べたが、長くは続かなかった。ぽんたの食べ方にはムラがあり、ほぼ残さず食べる日もあれば、半分も口をつけない日もある。私は、あるときはウェットフードかかつおぶしのトッピング、またあるときは、低カロリーフードに戻してみるなど、あれこれ組み合わせをローテーションしながら、なんとかぽんたに食べてもらおうと工夫をした。

「あれはうちのおばちゃんが“ミー”と呼んでる猫だ」(小林写函撮影)
「あれはうちのおばちゃんが“ミー”と呼んでる猫だ」(小林写函撮影)

 ぽんたを病院に連れて行くべきかどうかも迷った。飼育書や、ネット上での獣医師の解説などを読むと、猫の食欲不振は珍しいことではないらしい。ぐったりした様子や発熱などの症状がなく、水をしっかり飲み、排泄をしているのであれば、家で様子をみる段階のようだ。「24時間、飲まず食わずの状態が続き元気がない場合は即病院へ」ということだが、ぽんたは、量は一定ではないにせよ飲み食いはしている。

 実際、ぽんたは元気だった。毎日各部屋をパトロールし、ひなたで毛づくろいをし、あくびをし、窓の外を眺めて野良猫が通れば「うー」とうなる。居眠りをし、じゃらし棒で遊ぶときは廊下を疾走し、リビングを転げ回る。トイレでも、毎日力んでいる。

 ツレアイと私は「猫だって季節の変わり目で気分がすぐれないことはあるだろう。気候が安定すれば、また食べるようになるかもしれない」と話した。

「ぜいにくの座布団があったかい」(小林写函撮影)
「ぜいにくの座布団があったかい」(小林写函撮影)

 珍しくぽんたが2日続けてフードを完食し、安心した翌日のことだった。

 朝少し食事を口にしたぽんたは、その後私の部屋から出てこなくなった。ベッドの上で丸くなったまま、ほとんど動かない。話しかけても、なでても、小さく「なー」と返事をするだけ。フードを手にのせて口元に持っていっても、数粒しか口にしない。夜になると起き出して水を飲んだが、あとはずっと寝ている。毛づくろいもしない。

 翌朝、一番で、私はぽんたを病院に運んだ。

 先生は検温し、聴診器をあて、触診をし、ぽんたの背中の皮をひっぱった。

「脱水してますね。おしっこの量はどうですか?最近、多くはなかったですか?」と聞く。言われてみれば、尿を吸ってかたまった猫砂を、猫トイレから拾い出す回数が増えたような気はしていた。

「腎臓病の可能性がありますね。血液検査をしましょう」と先生。

 結果は、先生が予想した通りだった。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】脱走の気配なし 元野良猫「ぽんた」保護前の心配は不要だった(16)
【次の回】病気が判明した元野良猫「ぽんた」 長くて余命2年と告げられた(18)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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