脱走の気配なし 元野良猫「ぽんた」保護前の心配は不要だった(16)

 2月の下旬に入ると、ぽんたの体重は4.8kgになった。ダイエット開始時より0.7kg減で、目標体重まであと0.3kgだ。

(末尾に写真特集があります)

 家の中を歩くぽんたを上からながめる。当初は下ぶくれのナスのようにぼってりとした体だったが、今はウエストのくびれらしきものも見えてきた。心なしか顔も小さくなったようだ。毛づやもよく、家猫然とした風貌になってきたことがうれしい。

 家の中での行動範囲も広がり、ツレアイの部屋にも出没するようになった。

 ある朝、ツレアイが換気のために窓を開けていると「ほなー」と鳴きながら現れ、床から1mほどの窓の桟に一気に飛び乗ったときには驚いた。我が家はマンションの2階、6m真下はコンクリートの道路で、途中には足場となるものは何もない。網戸がしてあるとはいえ、あやまって落下したら……と肝を冷やした。

「石油ストーブの前って、どうも落ち着かない」(小林写函撮影)
「石油ストーブの前って、どうも落ち着かない」(小林写函撮影)

 しかし当の猫はレールの溝に器用に脚をはめ込み、平然と空飛ぶカラスの行方を追っている。

 気がすむと、壁を数歩伝い降りてから、一気にフローリングの床に飛び降りた。今度は硬い床との衝撃で脚を傷めはしないかとひやひやだ。

 翌日から、窓の下に足場として椅子を用意した。しかし、どうしても窓に直接乗り降りしたいらしく、使ってはくれない。床に緩衝材としてクッションなどを置いても、わざわざ避けて飛び降りる。私たちは過保護な親のごとく、ぽんたがツレアイの部屋の窓に登っているときは、どちらかが付き添った。

 ぽんたに関する心配といえばそのぐらいで、保護する前に気に病んでいたことは、ほぼ取り越し苦労だった。

「あ、野良時代にけんかした猫がいる」(小林写函撮影)
「あ、野良時代にけんかした猫がいる」(小林写函撮影)

 「猫は壁やソファで爪を研ぎたがる」と聞いていたが、家に来た日に与えた段ボールの爪研ぎ以外の場所ですることはなかった。テーブルやチェストに乗って、ものを落としたりすることもなく、ソファに洗濯物が置いてあればよけて通る。本棚や冷蔵庫の上など、こちらが登って欲しくないところには登らない。

 また「猫は網戸やサッシを自力で開けて外に出る」という話だったので、窓の開閉には細心の注意を払い、閉めているときは鍵を、網戸にしておくときは網戸ストッパーを設置していた。しかし、ぽんたは、閉まっている窓や網戸に脚をかけたり、「出たい」と意思表示をすることもなかった。

 ただ、私が洗濯物を干すためにベランダに出ると、ついて来ることはあった。そのたびに「だめだめ」と室内に戻しピシャリと窓を閉める。ガラスの向こうに、どことなく不満そうな表情のぽんたがいる。

 「たまには外の空気も吸わせてやろう」とツレアイがベランダに出したことがあった。

 ぽんたはエアコンの室外機を伝ってベランダの壁の上に登り、興味津々といった様子で下をのぞき込んだ。あわてて引きはがし、抱えて家の中に入れた。それでもツレアイは、ハラハラする私を尻目に何度かぽんたをベランダに出し、そのつど壁から引きはがす行為を繰り返した。

空とぽんたの間には(小林写函撮影)
空とぽんたの間には(小林写函撮影)

 そうするうち、「ここに登ったら連れ戻される」ということをぽんたは学んだようで、ベランダに出しても室外機に乗ることはなくなった。私たちの監視のもと、日だまりで香箱を組んだり毛づくろいをするようになった。

 また「玄関からの脱走」を防ぐため、2人がそろって外出する際には特に、玄関のドアの開閉は最小限にし、素早い出入りを心がけていた。しかしぽんたは、リビングのソファの上などから「あ、でかけるの」というような表情でじーっとこちらを見ているだけだ。

 帰宅時にそーっと玄関を開けると、気配を察していたのか、たたきまで下りて待ち伏せている。脚に体をこすりつけ、リビングへと誘い「なでろ」とばかりに床に転がる。「隙をついて脱走」という考えは、ぽんたの頭のなかにはなさそうだった。

 「こんなにいい猫は、これまで見たことがない」

 と、子どもの頃、猫と暮らした経験のあるツレアイは言う。親バカならぬ飼い主バカだ。

 こうして飼い主も猫も、お互いが生活に慣れてきた頃、ぽんたの体調に変化が起きた。

【前の回】元野良猫「ぽんた」刺し身に大満足 たまにはごほうびも必要(15)
【次の回】元気がない元野良猫「ぽんた」 小さく「なー」と鳴くだけ(17)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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