野生動物のようだった時代が想像できないほど優しい表情の「ヌーサ」(岸井郁さん提供)
野生動物のようだった時代が想像できないほど優しい表情の「ヌーサ」(岸井郁さん提供)

死んでしまいそうなほどおびえていた元野犬「ヌーサ」 譲り合いの心で無二の相棒に

 個性豊かな雑種犬の魅力を紹介する連載企画。第12回は、真っ黒な全身と大きな耳が特徴的な「ヌーサ」。体をぎゅっと丸めて保護施設の壁にへばりつき、犬というより野生動物のようだったところから、今では街中でもアウトドアでもどこにでも一緒に出かけられる、最高の相棒へと劇変しました!

(末尾に写真特集があります)

【基礎データ】全身真っ黒のプリミティブな中型雑種犬

DATA
《名前》ヌーサ
《年齢/性別》推定9歳/オス
《役割》仲間をフォローし守る、アウトドアの案内犬!?
《サイズ》体高55cm・体⻑80cm・体重18kg
《チャームポイント》バットマンを思わせる大きな耳
《特性》
人慣れ度★★☆
犬好き度★★★
食いしん坊度★★☆
運動量★★★
トレーニングしやすさ★☆☆
ケアのしやすさ★☆☆

参考にしたのはオオカミの生態

 今や六本木の人混みでも、都会のカフェでも、山中のキャンプでも、どこにでも一緒に行けるという、元野犬のヌーサ。しかし、8年前に迎えた当初、飼い主の岸井郁さんは「指2、3本はなくなるかも」という覚悟だったと言います。いわゆる“犬のしつけ”は、人が好きなタイプの洋犬が想定されていて、人間に関わらないで育った野犬には当てはまらない部分も多くある中で、参考にしたのはオオカミの生態など野生動物に関する情報でした。

動物愛護センターにいたころ(岸井郁さん提供)

 おそらく山中で捕獲されたのか、千葉県の動物愛護センターに収容されていた、推定生後8カ月のヌーサ。一方、飼い主の岸井さんは、仕事のスケジュールを自分で調整できるようになり、大変でもいいから誰にも引き取られなさそうな子を迎えたいと考えて、ボランティアも兼ねて動物愛護センターに出向きました。8年前の当時、元野犬の譲渡は一般的ではなく、ほとんどが殺処分されていた中で、たまたま残っていたのがヌーサでした。

センターにいたころは、壁にもたれずに普通に座ることもできなかった(岸井郁さん提供)

「まだ生後10カ月ぐらいでしたが、栄養状態が悪く毛はボソボソで、ギョロッとした目で人をにらみつける。警戒心が強くて、壁にへばりついて体をかたくしてじっと耐えているようでした。逃げ場がなくて限界だと感じた瞬間に、うなりもせずいきなり急所を狙って威嚇しにくるような感じ。これは、引き取り手がいないだろうなあ、と思いました」

保護団体のスタッフさんが譲渡記念の写真を撮ろうとするも、ヌーサはビビってテーブルの下の壁にへばりついたまま。その横に夫婦二人で座って、なんとか撮影した一枚(岸井郁さん提供)

 迎える当日は、千葉県の動物保護団体のスタッフさんがセンターからの引き出しを手伝ってくれ、自宅まで車で運んでくれたそう。ところが、ヌーサは当然、クレートも車もドライブも、人間社会の何もかもが初めて。自宅に着いたときには、血便や吐いたものなどがマリネ状になって全身にへばりついていたと言います。やむを得ずそのまま浴室に直行。「噛まれても仕方ない」と岸井さんも覚悟を決め、ヌーサを洗う作業から同居生活が始まりました。

とにかく散歩しまくった日々

 ヌーサを迎えた当時のことは、「大変すぎてあまり覚えていない」と笑いながら話す岸井さん。家に迎えてから、3日間は水も飲まず、5日間はオシッコもしない状態。ただ、ごはんだけは、誰も見ていない夜中にこっそり食べたそう。そして夜中には、仲間を呼ぶために遠吠え……。

迎えて最初の3カ月間は意識を向けるだけで殺気立っていたので、あまり写真がないそう(岸井郁さん提供)

「体をぎゅっと丸めて目をギョロッとひんむいて、放っておいたらストレスでそのまま死ぬのではないか、というぐらいガチガチに怯(おび)えていました。24時間ずっと神経が張り詰めているような状態。そんなヌーサのようすを見たご近所の優しい方が、『こんな状態で生かしておくのはむしろ虐待だから、お願いだから殺処分してあげて』と言うほどでした」

迎えて4〜5カ月ごろ、寄ってきて甘えることも(岸井郁さん提供)

 ヌーサの怯えを何とかして解消するにはどうすればいいか、岸井さんは頭を悩ませました。ヌーサが怖がっているのは、家と自分たち。一方、ヌーサがいちばん欲しいものは、安心できる場所と仲間。それなら、自分たちが安心できる仲間になればいいのでは、と考えた岸井さんは、深夜の人がいない時間帯を見計らって、リードを3本着け、ヌーサを外に連れ出します。

 野生動物は正面から向かってこられると敵と考えますが、横並びで一緒に歩いている者は群れ、仲間と見なします。その日は6時間外にいて、明け方にはビクビクしながらも何とか歩けるように。すると、この散歩を通して、ヌーサは横を歩いている岸井さんではなく、外の景色に意識が向くようになっていきました。

石の上にも何とやら(岸井郁さん提供)

 元野犬だけに外を歩くことはうれしいようで、散歩はすぐに好きになり、1週間ほどで散歩に行こうとなると玄関に来るように。また、岸井さん夫妻に敵対心を示すこともなくなりました。そうして、最初の1年は暇さえあれば散歩をして過ごし、長いときには1日10時間歩いたことも……。

カフェ練習でも少し落ち着けるようになった(岸井郁さん提供)

「動物愛護センターに収容されてから家に来るまでの約2カ月間、ヌーサは怯えて体を丸めていることが多かったので、胸骨が閉じて、腰の形もおかしかったんです。獣医さんに骨盤が変な向きに癒着してしまっているかも、と言われたぐらい。それが、猫背では歩けないので、背筋を伸ばして歩いているうちに、シッポが上がり、顔が上がり、そしたら顔つきも変わってきました」

対等でいるために一緒に山へ行く

 迎えた当初、世界中のすべてが、自宅や飼い主でさえも敵で怖いもの、といった雰囲気だったヌーサ。それを見た岸井さんは、「いろんなものに慣れたり、普通の犬みたいに振る舞ったりできなくても、ヌーサが死ぬときに怯えず安心して死ねればそれでいい」と思っていたそう。

迎えて1年ぐらい、ぎこちない笑顔が出るように……!(岸井郁さん提供)

 それが、小さな刺激をクリアすることを積み重ね、犬友達やその飼い主など仲間が増えていくうちに、怖いものが減るだけでなく、自信も付いていきました。すると、今までは楽しそうに散歩していてもどこか体に力が入っていたのが、少し緩んでくるように。そして、ガリガリに痩(や)せてあばら骨が浮いていたのが、2〜3歳になったころ、体に肉が付くようになってきました。胸が開き、顔とシッポが上がって、凛々しい雰囲気になり、まわりからも「立派になってきたんじゃない?」と言われるように。

最初は怖かったテントやタープにも慣れていった(岸井郁さん提供)

 怖かったものがクリアできてきたことで、少しずつ欲が出てきて、プラスαのことにもチャレンジさせていこうと思い始めた岸井さん。もともとアウトドア好きだった岸井さん夫妻は、ヌーサを人のいないキャンプ場に連れていくところから始めました。最初はテントやタープを怖がって耐えているようでしたが、少しずつ克服。今では他の犬や飼い主たちをフォローしながら、先陣を切って進んでいきます。

「今も隙あらば人のいない自然の中に出かけて、一緒に山歩きをしたり水遊びをしたりしています。東京にいると、どうしても人間の行くところにヌーサがついてくるという感じで、人間が先導することになりますよね。でも、山ではヌーサのほうが自然の掟をわかっていて、危機管理ができる。ヌーサと私たちが対等でいるために、山に行くことが必要だと思うんです」

一時預かりをした宮古島からの保護犬「エディ」と。岸井さん夫妻とエディの間を取り持ってくれたのも、ヌーサだった(岸井郁さん提供)

 犬を人間社会の生活に適応させるだけでなく、人間もまた犬のルールを理解し、半分ずつ譲り合う。この岸井さん夫妻とヌーサの関係性こそが、真の相棒、パートナーと呼べるのかもしれません。

(次回は12月22日公開予定です)

【前の回】迎えた初日で一変! 本当は人が大好きな犬専門古書店の看板犬「リキ」、夢は全国行脚

山賀沙耶
フリーランス編集ライター。北海道大学文学部卒業後、編集プロダクション、出版社勤務を経て、独立。現在は雑誌や書籍、ウェブメディアを中心に、犬やアウトドアなど幅広い分野で活動中。犬メディアとのかかわりは、約20年前の編集プロダクション時代から。プライベートでは、2頭の雑種犬と外遊びを楽しむのが至福の時。

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この連載について
雑種犬図鑑
見た目も性格も個性豊かな雑種犬の魅力を、犬種図鑑のパロディで紹介。毎回1匹の雑種犬にフォーカスし、チャームポイントから生い立ち、暮らしのエピソードまで情報や魅力をふんだんに伝えていきます。
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