余命宣告された保護犬 先住猫たちが見守り寄り添う…奇跡はあると信じて

 短いロープにつながれ、散歩も知らず、何年も雨ざらしの日々を送っていた犬がいた。保護されて、海辺の町の一家に迎えられ、「はな」という名をもらった。先住猫たちが夜な夜な犬の寝床を訪れて共寝をすると共に、無表情だった犬は心を開いていく。だが、それまでの悲惨な暮らしは、犬の体をむしばんでいた。

(末尾に写真特集があります)

その犬に名はなかった

 東京近県のとある海辺の町で、痩せた薄茶のその犬は飼われていた。飼われていたといっても、庭先の雨ざらしの場所に、犬小屋もなく、数十センチのロープで柵につながれた暮らしだった。

 散歩に連れて行ってもらうのを見た人はいない。そばには糞が積み重なり、餌皿は、犬からは届かぬ場所にひっくり返っていた。雨が降ってくると、犬は自分で掘った土のくぼみで丸くなった。

 今年春、集金のためにその家を訪れ、犬の置かれた状態に驚いた女性が、カフェを営むMさんに相談。飼育放棄を確認したMさんと、保護猫のNPO活動をしている夫妻とで出向いていき、飼い主の男性がつむじを曲げて犬を捨てたり処分したりしないよう、下手に出て申し出た。

「その犬がとても気に入ったんですけど、譲ってはいただけないでしょうか」

「いいよ。だけど、そいつ、年寄りでもう立てないよ」と言う飼い主に、犬の名を尋ねたが、「名はない」という返事だった。

 動物病院での健康診断では、年齢はまだ5~7歳とのこと。土の上で寝ていたので、ノミ・ダニだらけ。血液検査などで軽度のフィラリアにもかかっていることがわかり、薬を処方された。与えられた餌を、犬はガツガツとむさぼった。

 犬は、Mさんのもとで譲渡先を探すこととなった。栄養がついてきて、後ろ脚をふらつかせながらであるが、散歩にも行けるようになった。交代で散歩に連れて行く人あり、首輪をプレゼントする人あり、餌を差し入れする人ありで、近隣に「応援団」ができた。

「エリ」という仮の名がつけられ、彼女が愛されるしあわせを知ることを、みんなが願った。暗い空洞のようだった犬の目に光が宿ってくる。

こちらを見る犬
保護して3カ月。たくさんの応援団のフォローで、はなの目に光が宿る

「この子と暮らしたい」と少女は言った

 6月、エリを迎えたいという家があらわれた。小学校3年生の葵ちゃんが、その犬のことを母親の直実さんから聞き、「9歳の誕生日にはお祝いはいらないから、その子と暮らしたい」とねだったのだ。すでに11匹のワケアリ保護猫たちがいたが、直実さんは「これが最後」と迎えることとした。

 猫たちのボス、黒白の「きのこ」は、人の気持ちや言葉がわかる、堂々として犬っぽい猫である。葵ちゃんやお兄ちゃんの遼太郎くんが直実さんに叱られていると、「お母さん、もうこの辺で」と、必ず割って入る。

 直実さんはきのこに頼んだ。「つらい思いをした犬がやってくるから、お願いね」

 6月の終わりにやってきたエリは「はな」という名になった。「家族」という意味のハワイ語「オハナ」から付けた名だ。室内に入れても、どうしても玄関に降りたがるので、玄関に布団を敷いてやった。

 大きな新入りに猫たちは身構えたが、その晩、はなの寝床をそっと訪れたのは、きのこだった。きのこが毎晩寝床にきて、はながちょっと窮屈そうなので、直実さんは、きのこの寝床も用意して並べてやった。

近くで寝る犬と猫
押しかけ共寝のボス猫きのこ。2歳だった遼太郎くんが「おいで」と言ったら来た元ノラ(直実さん提供)

 他の猫たちも、入れ代わり立ち代わり遊びにやってくる。はなの顔にどんどん柔らかい表情が出てきた。一緒に原っぱや海辺まで散歩に行く葵ちゃんたちにも、甘える表情を見せるようになった。学校から帰ってくると、「あ、お帰り」という顔で見上げるから、葵ちゃんは可愛くてたまらない。

 はなが、家族になってまもなく。散歩のときの排尿時に痛そうな様子を見せたのが気になって、病院へ連れて行くと、腹水がたまっているとのこと。引き抜いた注射器の中身は、真っ赤だった。獣医師は告げた。「もう手のつけられない状態。もって今晩か明日でしょう」

「いつもそばにいるよ」

 だが、はなは寝たきりになったものの、静かにがんばり続けた。はなの様子がいつでも見える玄関の板の間で、母子は食事をし、本を読み、宿題をし、夜は寝た。「元気になろうね」と声をかけると、はなは目で答える。

犬をなでる女の子
はなは、葵ちゃんが選んだ大切な家族で宝物

 きのこは、はなが見下ろせる靴棚の上にいつも寝ていて、時折はなの枕辺に寄り添いに下りてくる。他の猫たちも「はなさん、気分はどうですか」とばかりに、しょっちゅうのぞきにくる。やんちゃ盛りのサビ猫「ポチ」は、はなのシッポで遊んだ後、はなの体に顔を埋めて甘えていく。みんな、路頭に迷っていた子たちだ。

 往診を頼んだ町内のY先生は「はなちゃんは、今懸命に血をつくっている」と言う。「先生、奇跡ってあると思いますか」という直実さんの問いに、先生は答えた。「僕は、あると思う」

 その言葉に力をもらった直実さんは、最新設備が整った県外の病院ではなを精密検査してもらうことにした。子どもたちも学校を早退して付き添った。

「飼育放棄されて、この状態になるまでよく生きてきたね」とはなをねぎらってくれた獣医師の診断は、「腫瘍が、肝臓と脾臓に広がっている。麻酔をかけての手術に体力は持たず、いまできることはありません」だった。

奇跡はきっとあると信じて

 でも、一家はあきらめない。

「さんざんつらい思いをした子だから、うんと楽しくさせて、もっと生きたいなと思わせなきゃ。そうしたら、必ずはなは元気になってくれる。私も子どもたちもそう信じているんです。きっと猫たちも」という直実さんの声は明るい。

 救出に関わった人たちが会いにきてくれたときも「こんなに目に光があるから元気になるかも」と驚かせた。

 歩きたそうにするので、直実さんが特大のキャンプバッグにはなをすっぽり入れて、2階のベランダや庭に運び、景色を見せてやると、うれしそうに眺め、鳥の声を聴いている。

七夕に親子で書いた願いごと。はなの頭上に飾ってある
七夕に親子で書いた願いごと。はなの頭上に飾ってある

 「今晩か明日」と言われてもうすぐ3週間。はなは黒光りする穏やかな目をして生きている。

寝たきりだったのが立ったり座ったりできるようになった。食欲も出て、いいウンチもする。猫たちもはなの周りでうれしそうだ。Y先生は、「体力がついたら手術をしようね」と言ってくれている。

 この先、たとえ奇跡が起こらなかったとしても、確かなことがひとつある。愛らしい名をもらい、一日一日を、人間や猫の家族と共に、まるごと愛されて過ごすはなは、この上なくしあわせな犬である。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」連載は10年目。

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