奇跡の回復から懸命に生きてくれた日々は 愛猫がくれた幸せな「ボーナスステージ」
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。前回に続き、望月章史さんの体験談です。心筋症で危篤に陥るも、奇跡的な復活を遂げた猫の「なると」。その後も望月さんとともに闘病生活を一歩ずつ乗り越えていきますが、ついには薬が効かなくなってしまい――。
仲間たちの優しさに大感激
ある時、どうしても1泊2日で家を開けなければならなくなった。さすがに重度の心筋症で、毎日の服薬も欠かせないとなるとを家に置いておくわけにはいかない。そこで、勤務先の動物病院で預かってもらうことにした。
だが、車に乗せて病院へ向かうわずか10分ほどの間に、移動のストレスから、なるとは失神を起こしてしまう。
「これは絶対安静だな」
体調や必要なケアのことを事細かに説明してなるとを託す。すると、スタッフたちがじつによく面倒を見てくれたのには驚いた。「お薬、上手に飲めました」「ブラシをかけてあげたら気持ちよさそうでしたよ」など、カルテに細かく記録し、電話や写真でも様子を伝えてくれる。
「手厚くケアしてくれて、飼い主の不安も理解してくれる。彼らの優しい気持ちが伝わってきました」
病を抱えた動物を預ける飼い主の心情、そして、一緒に働く仲間たちの頼もしさが、身に染みてわかった出来事だった。
寒さが深まった頃、また一つ、なるとに変化があった。頭がはれてきたのだ。
「1年ほど前から鼻血や鼻水が出ることがありました。おそらく鼻の中に腫瘍(しゅよう)と思われるできものがあり、それが外からわかるほど大きくなってきたようでした」
治療すべきか、どうしようか。
「でも、年齢を考えると、積極的な治療をすればかえってなるとを苦しめるのではないか。悩んだ末、できものに関してはそっと見守ることにしました」
そんな中迎えた12月24日。捨て猫だったなるとの誕生日は不明のため、勝手にクリスマスイブに設定していた。この日、なるとはなんと、二十歳を迎えた。大病と闘い、一時は死を覚悟したことを考えれば、とてつもない快挙だ。
「もうダメだと思った瞬間から4カ月間、本当によく頑張ってくれたなって。あの時からの日々は『ボーナスステージ』みたいな感じかも。一日一日、生きていてくれることがありがたかったです」
不整脈の薬が効かなくなる
やがて鼻血がひどくなり、頭のはれも大きくなってきた。そうなると、苦労したのが薬の調整だ。
「なるとが飲んでいる抗不整脈薬は、抗血小板薬でもあります。血小板は出血を止める働きをしています。そのため、不整脈を抑えるためには抗不整脈薬をしっかり使わないといけないのですが、そうすると今度は鼻血が止まらず出血がひどくなってしまうんです」
移動で負担がかかるため、なるとを病院に連れて行くのは避けたい。そこで、なるとの様子を獣医師に口頭で説明し、そのつど薬の用量を変えながら、難しい状況を何とか乗り越えていった。
鼻血の悪化は、食欲の低下も引き起こした。
「鼻血が出ると口呼吸になるため、ごはんを食べるのがつらくて食欲がなくなってしまいます。そこで流動食を口から流し込み、回復を待つ。やがて鼻血が止まると自分で食べ始めるのでホッとするのですが、またも鼻血が出始めて……。そんなことを、半月ごとぐらいで繰り返していました」
「食べられるようになった」と喜んでいた矢先に、ガクッと調子が落ちる日々。当時の心境を、「『いつまで続くんだろう』って、気がめいった時期もありましたね」と打ち明ける。
「一喜一憂するのって、精神的に負担がかかるものだと痛感し、同じような状況にある飼い主さんの心のケアも重要だと感じました」
そんな調子で何とか頑張ってくれていたなるとだが、いよいよ不整脈が悪化し、薬でうまくコントロールできなくなってしまった。
ついに昏睡(こんすい)状態に陥った、望月さんは、眠り続けるなるとの体に手をやり、そっと寝返りを打たせてやった。
3日後。
「まだ息があるな」
朝、確認して職場へと向かう。昼休みに様子を見に帰ると、なるとは息を引き取っていた。
「本当はまた仕事に戻るつもりでしたが、精神的に『これは無理だな』と思い、職場には本当に申し訳なかったけれど、そのまま早退させてもらいました」
奇跡の回復を遂げてから、11カ月たっていた。
目指せ! 猫の看護に強い病院
なるとの闘病生活を、望月さんはこう振り返る。
「最後の瞬間みとれなかったのが、唯一の後悔かなと思っています。でも、自分の中では最大限、できることはしてあげられたとも思いますし、なるとを通じて、シニア猫の介護や、治療について、たくさん経験をさせてもらいました」
危篤状態から奇跡的に回復したなると。絶望と希望が隣り合う、劇的な変化に立ち会ったからこそ、治療が必要でも生きてくれていることがうれしく、毎日を「ボーナスステージ」と、前向きにとらえることができた。
その体験を生かし、望月さんは今、落ち込む飼い主にこんなメッセージを伝えているという。「治療をしていなければ、この子はもう、ここにいないかもしれない。でも、治療を頑張ってくれているから、今、この子は飼い主さんと一緒に過ごすことができているんですよ」と。
「病気や治療がつらい」というマイナスの思いを、「一日一日、頑張って生きてくれていることがありがたい」と、プラスに逆転させる言葉で飼い主を励ます。
勤務する王禅寺ペットクリニックで、看護部マネジャーを務めている望月さん。看護部として、今一番力を入れているのが「猫の看護」だ。猫は繊細な動物。今まで以上に猫に優しい病院を目指したいと、Catvocate(猫専任従事者)の取得に向け、現在スタッフ仲間とともに勉強中。Catvocateは、ねこ医学会による、猫の扱いに熟知した人材育成を目指す認定プログラムのこと。
今年の春、新たな国家資格である愛玩動物看護師の有資格者が誕生し、現場で働き始めた。愛玩動物看護師は、従来の動物看護従事者には認められなかった採血や投薬などを、獣医師の指示のもと行える。業務の広がりに、望月さんは熱い期待を寄せる。
「なるとみたいに、体調が悪くて病院に行けなかったり、病院を怖がる猫のため、将来は愛玩動物看護師が訪問看護や往診をして、検査や治療を進めていけたらいいですよね」
なるとがくれた経験が、望月さんの熱いチャレンジを支えている。
(次回は11月28日に公開予定です)
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