町工場の犬がくわえて来た子猫 従業員に引き取られ「ワル」に
町工場で飼われていた大型犬が、生後まもない子猫をくわえて帰って来た。「保健所に」という社長に対して、従業員だった30代の女性が、自分で引き取ると申し出た。その後、子猫は「ワル」と呼ばれるほど、やんちゃに、元気に育っていた。
「社長の犬が猫をくわえてきた!」
2015年5月の午後3時過ぎ、工場長が事務所に飛び込んできた。愛媛県内の町工場。事務所にいた従業員の岸野さんが、急いで工場に行くと、床に小さな固まりがあった。よく見ると、濡れた子猫。よだれでベトベトになっていた。
全く動かないので、死んでいるのかと一瞬思ったが、事務所に連れて行って、電気ストーブの近くに置いた段ボール箱にそっと入れた。様子を見ていると、少し動いた。「あっ、生きてる!」。 冷えた体が温まったためか、次第にもぞもぞと動き始めた。
中庭を行き来する犬
猫をくわえてきたのは、会社に隣接した社長の家で飼われていたメスのゴールデン・レトリーバーだ。7、8歳くらいで、よくしつけられ、おっとりした賢い犬だった。もう1匹、2、3歳のオスのゴールデン・レトリーバーも飼っていた。2匹は工場と中庭を自由に行き来して、機械のそばで眠ったり、中庭でじゃれあったりして暮らしていた。
実は、この犬は午前中、もう1匹、子猫をくわえてきていた。白黒の柄で、片手に乗るくらいの小さな猫。この時も岸野さんは、子猫についた犬のよだれを手洗い場で流してタオルで拭き、電気ストーブで乾かしてから、段ボール箱に入れた。
猫好きの女性従業員が様子を見に来たので「どうしよう」と相談すると、「実家の親に飼ってもらえんか聞いてみるわ」と連絡してくれた。引き取り手が見つかり、心からホッとした。
社長の犬は、中庭以外は自由に外に出ることはできなかった。ただ、中庭には塀はあったがすき間もあり、草や木が生い茂っていて、野良猫が外から入ってくることは簡単だった。中庭で野良猫が子どもを産んだのではないか、と工場のみんなで話した。
「子猫を連れて帰るけん」
だが、2匹目の子猫をくわえてきたことを知ると、社長は保健所に連絡するようにと指示した。それを聞いて、岸野さんは思わず「私が連れて帰ります」と言っていた。
「見て見ぬ振りはできませんでした。連れて帰らないと、この子は死んでしまうと思って」
午後5時で仕事が終わると、小さな段ボールに入れた子猫を自転車の前かごに入れ、自宅に帰った。すぐに車に乗り換えて、動物病院に向かった。途中、当時同居していた男性に電話をして経緯を話し、「連れて帰るけん。帰る前に病院で見てもろうてくるわ」と告げた。男性は困惑していたが、「連れて帰るから」と押し切った。
動物病院で診察してもらうと、子猫は生後2週間のオス、だと判明。けがはなかった。獣医師は「猫用ミルクを1日4、5回あげること。自分で排泄出来んやろうから、局部を優しく刺激して、おしっこやうんちをさせてください」と話した。事情を説明すると、獣医師はノミ取り薬を1本くれ、猫用ミルクも割引してくれた。岸野さんは家に戻ると、シャワーで子猫の体を優しく洗ってあげた。
仕事のある日は昼休みに自宅に帰り、シリンジでミルクを飲ませた。こんなに小さな子猫は飼ったことがなかったため、不安な日々が続いた。それでも半月ほど過ぎると、子猫は自分で歩き出すようになった。
子猫は「しぐれ」と名付けられた。同居していた男性が、マンガの登場人物からもらって付けた。「勝手に飼うことを決めたので、せめて名前くらいは彼にと……」
老猫たちに囲まれて成長
その頃、岸野さんはすでに4匹の猫を飼っていた。白猫のメイ(オス、16歳)、茶白トラのクゥちゃん(オス、16歳)、黒トラのもみじ(メス、14歳)、アメリカンショートヘアのすもも(メス、14歳)。保護猫や譲り受けた猫ばかりだ。
しぐれと初めて会ったとき、気性の穏やかな老猫たちは威嚇することも、かといって近づいていくこともなかった。しぐれは歩けるようになると、4匹の猫にじゃれついて遊んでもらいたがった。しかし、老猫たちはしぐれのありあまる体力と好奇心を持てあまし、そそくさと逃げて隠れてしまっていた。
そんな中で、しぐれはやんちゃに成長していった。ふたを閉め忘れた炊飯器の中に入ったり、畳んだ洗濯物をぐちゃぐちゃにしたり。ある日、そんなしぐれを見ていて「油断も隙もない、ワルだ!」と、思わず言っていた。口に出してみると、「しぐれよりワルのほうが、この子にはしっくりくる」と思ったという。
「友達や職場の人たちも「ワル」と呼ぶようになって、いまや「しぐれ」と呼ばれるのは、動物病院に行ったときくらい(笑)」
「生きているこの子たちを大切に」
2016年1月、岸野さんは故郷の徳島県に引っ越した。数カ月後、メイは17歳で旅立った。その数カ月後、後を追うようにクゥちゃんも逝き、もみじも2018年2月に息を引き取った。
いま、しぐれは3歳。もう1匹残ったすももは17歳。すももは腎臓病で週に3回ほど自宅で輸液をしているものの、食欲もあって元気だ。しぐれがすももにちょっかいを出すこともあるが、2匹はベタベタすることはなく、それぞれに過ごしている。たまにくっついて寝ているのを見ると愛おしくなる。
「先の猫が相次いで亡くなってつらいとき、嘆くのはほどほどに、生きているこの子たちを大切にしていかなあかんな、とペットロスに陥らずにすみました。縁があれば、もう1匹飼いたいな、なんて思っています」
(高橋秀喜)
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