ドッグマッサージを通し深まった飼い主との絆 もっと寄り添いたくてサロンを開業
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の豊後以都子(ぶんご・いつこ)さんはドッグマッサージと出合い、病院で行うようになります。マッサージを通して、飼い主と犬に向き合う時間を重ねるうち、それまで体験したことがないほど信頼関係が深まるのを感じました。
病院でマッサージをやりたい
動物病院で働きながら、豊後以都子さんは悩んでいた。
「自分はこのままでいいのだろうか。動物看護師としてもっとできることはないのかな」
そんな時に出合ったのがスウェーデン式ドッグマッサージだ。骨格や筋肉を一つひとつ理解し、浅層筋(せんそうきん)と言う表面の筋肉にアプローチするマッサージ法で、施術される犬たちはじつに気持ちよさそうにしている。
「これを学んで、病院でやりたい」
だが、他のスタッフにとって未知のマッサージを、勝手に持ち込むわけにはいかない。そこで院内の獣医師グループのSNSで、マッサージの意義や、習得して動物の役に立ちたい旨を熱く伝えた。
「すると獣医さんが興味を持ってくれて、椎間板(ついかんばん)ヘルニアの手術を行った子などに、元々学んでいたリハビリとマッサージをセットでさせてくれるようになったんです」と豊後さん。
同じ頃、豊後さんはもう一つの出合いをした。動物医療グリーフケア®️だ。グリーフとは、大切な対象を失ったり、失ってしまうかもしれないと思った時に起こる心と体の自然な反応のこと。日々の生活で、動物と人の双方に発生する様々なグリーフに対してどのように寄り添うべきかを知った時、「看護にまだまだできることがある」と衝撃を受けたと言う。
予約制のマッサージ始まる
ある時、獣医師からこんな相談を受ける。
「この子のマッサージ、予約を取ってやってくれない?」
それがペキニーズの「チャッキー」ちゃんだ。チャッキーちゃんは椎間板ヘルニアを繰り返しており、手術も2回受けていた。そこで獣医師は、再発を防ぐため、マッサージで定期的に体をほぐしてほしいと考えたようだった。
病院の、普段は誰もいない静かな部屋で、豊後さんはチャッキーちゃんとお母さんに向き合った。獣医師が提案し、お母さんが家で行っているリハビリを確認しながら一緒に行い、その後、豊後さんがマッサージを施す。
マッサージをする間、自然とお母さんとの間に会話が生まれた。意図しなかったことだが、それはグリーフケア実践の場になっていた。地道にリハビリを頑張るお母さんが孤独にならないよう、家での様子を聞き、困りごとを傾聴し、アドバイスを送る。1日100件近い診療をこなす大病院で、そこではいつも、豊かな時間が流れていた。
やがて獣医師から、リハビリが必要な他の犬やシニア犬に対しても、マッサージを頼まれるようになる。
リハビリとマッサージを組み合わせることで、歩行が大きく改善されたり、シニア犬の飼い主からは「ぐっすり寝てくれた」「散歩時間が長くなった」などのうれしい変化を伝えてもらった。
こうした変化が表れたこと。そして何より、マッサージ中に会話を重ねることで、豊後さん自身が驚くほどに、チャッキーちゃんのお母さんを始め、たくさんの飼い主たちとの信頼関係が深まっていった。
マッサージを始めて9年後、「もっと近くで寄り添って、ゆっくり話を聞く場所を作りたい」と病院を退職し、2023年3月、埼玉県三郷市でドッグマッサージとグリーフケアカウンセリングを提供する「心と心をつなぐペットサロンien(イエン)」を開業した。マッサージで気づいた体の変化を伝えたり、飼い主の不安や悩みを聞きながら、その子に必要な日常ケアを提案している。
愛犬の好きなキャンプを最後まで
独立したのは、最大のグリーフと言える「動物との別れ」を支えたいとの思いもあった。
「動物が亡くなると、飼い主さんは病院に来ることがなくなり、私との関係性も終わってしまう。それが自分の中でもどかしかったんです。本当は亡くなってからの一番つらい時期をしっかり伴走したいのに」
独立した今は、もちろん相手の気持ちやタイミングは測りながらだが、こまめに連絡を取り、会うこともできる。例えばこんなふうに。
病院勤務時代、そして独立してからもマッサージに通ってくれた、トイ・プードルの「MOCO」ちゃん。飼い主ご夫婦と車に乗ってキャンプに行くのが大好きだ。高齢のため、体調も万全とはいかないが、ご夫婦は「好きなことを最後までしてあげたい」と、MOCOちゃんといつも一緒にキャンプへ行った。思いがぶれなかったのは、豊後さんの存在があったからだ。
「『もう年だから』『病気だから』と、動物の好きなことを制限してしまうと、亡くなってから後悔が残ることがあります。マッサージの時に色んなお話を聞きながら、病気や年齢にとらわれすぎず、どうしたらその子らしい時間を過ごせるかを、気づいてもらえるよう心がけています」
ある時、キャンプに行ったご夫婦は豊後さんにお土産を買ってきてくれた。次会った時にと思っていたが、ふと今から届けようと遅い時間に車を走らせ、そのまま玄関に置いていったのだが、じつはその、車での移動中にMOCOちゃんは息を引き取っていた。19歳だった。
もちろん別れは悲しいけれど、「大好きな車の中で最後を迎えられたのはよかった」と、ご夫婦は心からの言葉を口にした。
翌日はご夫婦と一緒に、MOCOちゃんの体をきれいにするエンゼルケアを行った。泣いて、笑って、思い出を語りながら。
「亡くなってからも、好きなことは続けた方がいいと思いますよ」
そう伝えたところ、他界後1年たつ今も、ご夫婦はMOCOちゃんのお骨を連れてキャンプを楽しんでいると言う。
「MOCOにはいい迷惑かもしれないけれど(笑)、亡くなってもできることがあることは、私たちにとって大きな救いです」とご夫婦は言う。
「いつかは納骨するつもり」と話す二人に、豊後さんはこう返している。「その時期も、お二人が自然なタイミングで選ばれたらいいと思いますよ。それまでは『もう嫌だ』って思うぐらい、キャンプに行ったらいいと思いますよ――」と。
ご夫婦はお骨を持って、サロンにも遊びにやって来る。命日には豊後さんからLINEでメッセージを送る。
心と心がつながる場所
豊後さんの今を作ってくれたチャッキーちゃんとは、10年間のつきあいとなったが、先日、心臓病で空へと旅立った。
「豊後ちゃんに一番に伝えなきゃと思って」
そう言って泣きながら、お母さんは誰よりも先に連絡をくれた。
その日のうちにチャッキーちゃんを抱っこさせてもらった。葬儀にも立ち会い、お骨上げもさせてもらった。
チャッキーちゃんやMOCOちゃん以外にも、家族と愛犬の最後の時間である葬儀に呼んでくれる人、動物は亡くなっても豊後さんに会いに来てくれる人、エンゼルケアやお線香をあげに自宅に行かせてもらう人もいる。いずれも生前の深い信頼関係があってこそだ。
「動物が亡くなっても、私と、その子や飼い主さんとのつながりは変わらないし、関係性を続けていきたい」と豊後さん。愛犬が元気な時も、亡くなってからも、いつでも帰れる場所があり、わが子について生き生きと語り合える人がいる。そのことが、飼い主をどれほど力づけているかわからない。
サロンはSNSはあるが、ホームページも看板もない。命に向き合う仕事だから、いわゆる「商売」としての派手な集客はなじまないと豊後さんは考えている。
「来てくださるのは、病院勤務時代からご縁のある人や、紹介か口コミがほとんど。これからも、ienを必要とした方につながって来ていただければ」
ienとは「良い縁」の意味。心と心がつながりながら、今日も誰かがサロンを訪れる。
※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。
(次回は9月10日に公開予定です)
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