「こんにちは。みなさんから見て右にいる私がモモです」「左がブランです。よろしく」(小林写函撮影)
「こんにちは。みなさんから見て右にいる私がモモです」「左がブランです。よろしく」(小林写函撮影)

「猫の世話は楽」という予想を覆されたあの日 それでも2匹はかけがえのない存在に

 2匹を家に迎えて、数カ月が経った頃だった。リビングに隣接する和室で寝ている須賀子さんは「ドドドドド」という地響きのような音に驚いて目を覚まし、ふすまを開けた。

(末尾に写真特集があります)

ご縁だ、と思った

 12年間ともに暮らした愛犬が亡くなり、2年が過ぎた頃、須賀子さんは「また動物と暮らしたい」という思いが抑えきれなくなっていた。

 若い頃から犬とともにいることが多かったので次も犬を、と最初は考えた。しかし友人から「60歳をすぎたら猫よ。犬よりおとなしいし、散歩の必要もないし、お世話も楽」と強くすすめられ、それなら保護猫にしようと決めた。

 須賀子さんは猫と暮らした経験はない。現在単身赴任中で週末だけ家に戻ってくる夫は猫派で、実家ではずっと猫を飼っていた。夫とともに譲渡会にでかけたりもしたが、これという猫には出会えなかった。

 ただ、飼うなら子猫にしようと決めていた。成猫もいいけれど、猫のことがわからない自分だからこそ、人間がまだ未知の存在である子猫との生活のほうがむいている。「初めての経験」をともにするもの同士、うまくやっていけるのではと思ったからだった。

 そんなとき、別の友人から「生後2カ月のキジトラ猫のきょうだいが、譲渡先を探している」という情報が届いた。多頭飼育をしている高齢者の家にいるという。写真もなく、いきなり2匹と言われてとまどったが、友人は、用事があった須賀子さんの代わりに隣の県まで車を飛ばして子猫たちに会いに行き、その日のうちに連れて帰ってきた。多頭飼育崩壊寸前の家で、とてもそのまま置いてはおけなかったらしい。

「モモって名前は、肉球がピンク色だからなんだって」(小林写函撮影)

 ご縁だ、と須賀子さんは思った。家にあったキャリーバッグを車にのせて、友人の家に向かった。

 子猫たちは、リビングの床にぴったりくっついて座っていた。ぬいぐるみのようにあどけない表情は、文句なしにかわいかった。友人から猫砂や、猫用トイレを譲ってもらい、そのまま2匹を連れて帰宅した。

予想は覆された

 家に着いてキャリーバッグから2匹を出した。最初はくっつきあってじっとしていたが、やがて家の中の散策をはじめた。特に警戒したり怖がったりする様子もなく、まるで昔からこの家にいるかのようにご飯を食べ、トイレで排泄をした。

 須賀子さんは安堵した。キジシロの女の子は「モモ」、キジトラの男の子は「ブラン」、と名付けた。

 猫は犬より静かで1匹でいるのが好き。人間とは適度な距離を置き、自分の気がむいたとき以外にベタベタされるのを嫌う。いわゆる「ツンデレ」気質で、少なくとも最初はあまり構わず、そっとしておいたほうがいいだろうと思っていた。

 だが、この予想は覆された。

 翌日から2匹は、常に須賀子さんのあとをついて周るようになった。「なでて」「ごはん」と催促をし、そうでないときは家中を駆け回り、チェストや食卓はもちろん、食器棚、さらにはエアコンの上まで、ありとあらゆる場所にのぼっては降りてをくりかえした。

 飾ってあるものを端からつついて落とすので、須賀子さんは悲鳴をあげた。だが、子猫たちに悪気はなく、彼らにとっては家中が遊園地みたいなものなのだ。

「ブラン、あんたの名前も肉球がらみだっけ?」「そうだよ、ブラウンだからだよ」(小林写函撮影)

 2匹の性格の違いはすぐに明らかになった。モモはおてんばで、いたずら好き。ブランはおっとりしていて慎重派。あやまって浴槽に落ちるなど何かを「やらかす」のはいつもモモ。その行動に触発されて動くのがブラン、という関係だった。

 モモは人間の食べ物にも興味津々で、食卓の上にあれば佃煮でも、お菓子でも、なんでも口をつけようとした。実際に食べるのは食いしん坊のブランで、モモは好奇心が先立っているようだった。

真夜中の運動会

 ある日外出先から戻ると、台所のゴミ箱の中のゴミが散乱しており、驚愕(きょうがく)したことがあった。その中心には2匹の猫。「コラ!」と叱ってもどこ吹く風で「え、何がいけないの?」という表情で須賀子さんを見つめ、別の日にまた同じことを繰り返した。

 犬の場合ははきちんとしつけ、「ダメ」と叱れば言うことを聞いた。それに、高いところには飛び乗らなかった。犬と猫との習性の違い、身体能力の違いは須賀子さんを驚かせた。

 きわめつけは、真夜中の運動会だった。

 2匹を家に迎えて、数カ月が経った頃だった。リビングに隣接する和室で寝ている須賀子さんは「ドドドドド」という地響きのような音に驚いて目を覚まし、ふすまを開けた。

 すると、モモとブランの2匹がリビング内を全速力で駆け回っていた。追いかけっこをしていたのだ。見ると、食卓に上にうっかり出しっぱなしにしておいた麦茶のポットが倒れ、床が濡れていた。

 掃除をしながら、須賀子さんはため息をついた。猫が、こんなに騒がしい生きものだったなんて……。 

「家に来て早々腹這いになるお客さんてのも珍しいけど、おじさんのあいさつなの?」(小林写函撮影)

 運動会は毎晩続き、「やめなさい」と言っても当然もきかない。こんなことが繰り返されると寝不足になってたまらない。猫を飼っている友人たちに相談すると「そのうち、おさまるよ」とのことだったが、その気配はなかった。

 寝る部屋を変えようか、耳栓をしようか。

 そう考えているうちに、いつのまにか須賀子さんは慣れた。「ああ、やっているな」としか思わなくなった。

「猫もいいよ」

 食べ物は重たいドアのついた戸棚や冷蔵庫に必ずしまうようにした。ゴミ箱には、水の入ったペットボトルを何本も置き、蓋をあけられないようにした。

 猫にしつけは通用しない。やってほしくないことがあれば、そうしないように人間のほうが環境を整える必要がある。またある程度、マイペースな猫の習性に人間が合わせなければならないことを、須賀子さんは学んだ。

「お母さんが出してくれたそのロールケーキさ、とってもおいしいんだよね」(小林写函撮影)

 モモとブランが家に来て2年がたった今、行動はだいぶ落ち着き、おとなになった。夜の運動会も、たまにしかしなくなった。

 それでもときどき、喧嘩(けんか)なのかじゃれあっているのかわからない様子であたりを転げ回る。おとなしいなと思えば、くっついて眠りこけている。須賀子さんに甘え、2匹でひざの取り合いをする。

 そんな日常は、須賀子さんにとってかけがえのないものだ。

 犬を亡くした友人が、また犬を飼おうかどうしようか迷っているとき、「猫もいいよ」と須賀子さんは話している。

(次回は1月10日公開予定です)

【前の回】猫の多頭飼い 飼い主とのきずなを確認し、同居猫との付き合い方を学んだあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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