「背みがきなら喜んでやるけどね」(小林写函撮影)
「背みがきなら喜んでやるけどね」(小林写函撮影)

時は来たり! ダイエットも落ち着き家にも慣れた元野良猫「はち」の歯みがきに挑戦

 元野良猫「はち」を家に迎えて1年と5カ月が過ぎ、初夏になった。

 はちはダイエットが順調に進みすぎて、理想体重より0.2kg少ない5kgになった。これ以上減らす必要はないため、1日に与えるフードを少し増やすことにした。

(末尾に写真特集があります)

はちの食事とおやつ事情

 はちは日中、起きているときは、ご飯のことで頭がいっぱいだ。食事の時間が近づくと毎回そわそわしだし、私の足元にやってきては「ニャー」と甘えた声で鳴き、懇願するような眼差しで見上げる。食事が終わってもしばらくはその場に居座り、「おかわりはないの」と言いたげな視線を送ってくる。

 廊下に置いてある空の食器の前を通るときは、必ず立ち止まって中を確認し、匂いをかいだりしている。

 先代猫「ぽんた」は、一緒に暮らしはじめて3カ月目に慢性腎臓病になり、食欲を維持するのに四苦八苦した。

 それに比べると、健康なはちの食欲旺盛ぶりは、飼い主孝行といえる。

「誰かサンマを焼いているみたいだ」(小林写函撮影)

 とはいえ、欲しがるだけフードをあげるわけにもいかない。

 はちには、投薬などの機会がなければ、「一般食」や「スナック」と表記されているおやつの部類に入るウエットフードは与えていない。肥満防止のため、ということもあるが、ぽんたが療法食以外口にできなくなり、おやつをあげる習慣がなかったことが大きい。

 また、「猫は総合栄養食のドライフードで十分栄養が得られるため、本来おやつは必要ない」という専門家の話を耳にしたことも理由にあった。

 それに、ウエットタイプのフードは歯に付着して歯垢(しこう)になりやすいという。歯垢は放置すると歯石に変わり、歯肉炎や歯周病の原因になる。場合によっては、命にかかわる病気を引き起こす。

歯みがきに挑戦

 はちの歯には歯石が付着し、若干歯茎も腫れている。それは家に迎えたときから動物病院で指摘されていた。

「今からでも、歯みがきをしたほうがいいんですけどね」

 爪切りのために久しぶりに動物病院を訪れた際、そう院長先生に言われた。歯石は家での歯みがきでは除去できない。だが、新たにたまっていく歯垢は、日々のケアで落とすことができるため、病気の予防につながる。

 正直、歯みがきは難しそうだし、急を要さないため、後回しにしていた。

 だが、ダイエットもうまくいき、体調も安定した今は、チャレンジするときかもしれない。

「先生、歯医者もやるの?」(小林写函撮影)

 猫の歯みがきも、歯ブラシを使って行う。だが、それはかなりハードルが高い。

 まずは口の周囲をさわることから始め、慣れてきたら唇をめくり、指で歯や歯茎にふれるようにする。猫が抵抗しないようなら、指にガーゼを巻いて、犬猫用の歯みがきジェルをつけて歯をこすってみる。それができたら、はじめて歯ブラシの登場、と段階を踏む必要があるそうだ。

 ある晩、食後にソファでくつろいでいるはちへ「今日から歯みがきの練習ですよ!」と声をかけ、床におろした。はちのお尻を自分のおなかにくっつけるようにして固定し、左手で頭を軽く押さえ、そっと右手の親指で、はちの右側の唇に触れてみた。

 抱っこは嫌いだが、人にさわられるのは好きなはちは、ここまでは抵抗しない。だが、唇をめくって歯を見ようとしたとたん、「うにゃー」と言いながら、首を振り、前脚に力を込めて私の手をふりほどいた。

「おもちゃのヒモはフロス代わりにちょうどいいや」(小林写函撮影)

 はちは、性格はおっとりしているが、体格はしっかりしているためか、いざというときの力強さには驚かされる。口のまわりにさわると、かみつかれそうで怖い。

 その日はこれで終わりにした。歯みがきも、子猫時代からやっていれば無理なく慣れるそうだが、成猫からでは難しく、時間もかかると聞く。

 でも、こうやって口にふれる習慣をつけておくだけでも、将来役に立つかもしれない。どうしても口から薬を飲ませなければならなくなったときや、シリンジで給餌(きゅうじ)をする必要があったときにも、躊躇(ちゅうちょ)がなくなる。

「宿題やったか?お風呂入れよ!歯みがけよ!また再来週」(小林写函撮影)

 そうやって週に数回、はちの唇にふれる機会を持つようにしていた。するとある日、唇をめくっても抵抗しない日がやってきた。

 鋭い牙が目の前でむき出しになると緊張する。だが思い切って、人差し指を口の中に入れた。すると一瞬ではあったが、歯と歯茎に触れることができた。一瞬というのは、はちが首を大きくふり、するりと逃げてしまったからだ。

みがけた!

 こういう機会が数回あったのち、私は新品のガーゼと犬猫用の歯みがきジェルを購入。人差し指にガーゼを巻き、ジェルをつけて「歯みがき」に挑んだ。

 唇をめくり、さっと指を差し込み、歯に当てて前後に動かす。はちが「うにゃー」と叫びながら、からだを激しくくねらせたので、私は手を放した。それでも、かすかながら「みがけた」という実感は持てた。

 逃げようとするはちを呼び止め、器に、いつも食べているドライフードを3粒入れて、差し出した。

「えらいね、はち。歯みがきができたね」

 歯みがきを成功させるには、「おやつ」は必須の手段だ。一般食のウエットフードには抵抗があるのでドライフードにしたが、歯みがき後にまたご飯というのは本末転倒な気もする。それに「ごほうび」としての特別感も薄い。

 フードと名のつくものであれば、なんでもかんでも食べるはちは頓着しないかもしれない。それでも、頑張っているはちのため、別の「おやつ」を考えることにした。

(次回は6月16日公開予定です)

【前の回】飼い主冥利につきる変化 迎えて1年、元野良猫「はち」にとって家は安心できる場所に

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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