「愛想がいいのも、きれいに咲くのも、人のためじゃないんだよね」(小林写函撮影)
「愛想がいいのも、きれいに咲くのも、人のためじゃないんだよね」(小林写函撮影)

飼い主冥利につきる変化 迎えて1年、元野良猫「はち」にとって家は安心できる場所に

 年が明け、元野良猫「はち」を家に迎えて1年が経った。

 前年の秋から始めたダイエットの経過は良好だった。定期健診とワクチン接種のために動物病院に連れて行くと、保護したときと同じ5.5kgまで減っていた。

(末尾に写真特集があります)

動物病院が苦手

 必ずしも毎晩、寝る前に遊んでやる必要もなくなった。それでも夜明け前に食事の催促をしたりせず、朝までおとなしくするようになった。

 はちは健康上に特に問題はなく、春を迎える頃、爪切りのための通院した際には5.2kgになった。これは、はちにとっては理想体重とのこと。

 診察中、なかなかじっとしていられないはちが診察台からひらりと飛び降りる様子を見て、「はっちゃん、体重が軽くなって俊敏になったね」と院長先生は笑う。

「こんにちは、はちです。ここに来て1年だよ」(小林写函撮影)

 先代猫の「ぽんた」同様、はちも動物病院に連れて行くのに、あまり苦労しない猫だ。

 行くと決めたら、キャリーバッグを廊下に用意し、上ぶたを開けておく。気がつかれないように慎重にやっているつもりだが、それでもはちは「何か」を察知するらしい。

 丸くなっていても急に立ち上がり、逃げる体制をとる。そこをすかさず、がしっと捕まえ、鳴いて脚をバタバタ、からだをくねらせるところを抱えて素早くキャリーまで運ぶ。頭から入れると、はちはすとんと、自然とキャリーの底に降りてくれる。あとは素早くふたを閉めるだけだ。

 動物病院までの道中は、自転車の荷台で「なおーん」「あーうー」と、遠吠えのように鳴き続ける。

 ぽんたの場合は、病院の待合室に入るとピタッと鳴き止んだ。キャリーの中で香箱を組み、待合室の様子を観察しているふうだった。診察室でも騒ぐことなく、亡くなる半年ぐらいまでは悠然と治療を受けていた。

「おばちゃん、重い」(小林写函撮影)

 はちは違う。待合室ではキャリーの前扉の格子を爪でガリガリとかく。出られないとわかると、「ねえ、出してよ」「おうちに帰りたいんだけど」と懇願でもするかのように「ニャア、ニャア」と甘えた声でずっと鳴いている

 待合室にいる他の猫たちは、お利口なのか、緊張しているのか具合が悪いのか、だいたい皆、静かにしている。はちの鳴き声だけが室内に響いているのは肩身が狭い。キャリーに布をかけても鳴き止む気配はないので、混んでいて待ち時間が長くなりそうなときは、病院の外で順番を待つ。

「さあ、帰りましょう」

 診察室に入っても、はちは落ち着きがない。キャリーから引っ張り出して診察台にのせると、すぐに飛び降りて逃げ回る。私が捕まえようとすると、家では見ない素早さでするりとかわす。さっきは出たがったくせに、床に置いたキャリーに戻ろうとする。

 だがふたが閉まっていてそれが叶わないとなると、出口を探すような様子で診察室を歩き回る。あるときはパソコン台の下に潜り込んでしまい、院長先生は、しゃがみ込んで聴診器を当てていた。

 それでもなんとか捕まえて、診察台の上にのせると、やっと観念するようだ。あとは比較的おとなしくなる。保定されると、小さくニャーと鳴いたり、もぞもぞしたりはするが、「治療拒否」はしない。

「股間はきちんと隠すのが作法だよ」(小林写函撮影)

 爪切りを終えると、診察台から飛び降りて、一目散にキャリーバッグへ向かう。上ぶたを開けると、ぴょんと中に入り、そのままちんまりと収まっている。「ここに入れば、おうちに帰れるってわかっているんだね」と皆で笑う。

 愛想がよくはないまでも、はちが先生や看護師さんを威嚇しないのはありがたい。

来客へのつれない態度から感じるのは

 愛想といえば、客人たちに愛想のよさで評判だったはちが、この頃、つれない態度をとるようになった。

 以前は、人が来るとすぐにリビングに現れて「ようこそ!」という態度ですり寄っていった。お客がソファに座ってお茶を飲んでいる間もひざの上を行ったり来たりし、床に転がって「なでて」のポーズをとったり、相手をしてほしいとアピールした。

 猫は好きだが飼った経験のない友人がぎこちなくじゃらし棒をふったときも、夢中で食いついた。彼女が帰るまでソファの隣に座っているというサービスぶりだった。

 それが最近は、すぐにはリビングに出てこなくなり、呼ぶと仕方ないなあという様子で姿を現すようになった。お愛想程度にお客の足にすり寄るだけで、まとわりつくことはなく、すぐに私の部屋に引っ込んでしまう。猫好きの友人が来訪し、じゃらし棒をふっても無視。はちと遊ぶのを楽しみに来てくれた友人をがっかりさせた。

 こういうことが何回かあり、私は思った。

 はちは野良時代、とても人懐っこく人気者だった。だがそれは、食事をもらうためでもあり、人間に愛想よくすることは生き抜くための「処世術」だったのではないだろうか。

 はちが、ここを自分にとっての安全な「家」だと認識し、もし、もう誰かれかまわず愛想を振りまかなくてもいいと理解しているのだとしたら。

 友人には申し訳ないが、飼い主冥利につきる。

(次回は6月2日公開予定です)

【前の記事】男子チームに芽生えた絆? ポンと頭をこづかれて、愛猫はうれしそうにニャーと鳴く

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

sippoのおすすめ企画

sippoの投稿企画リニューアル! あなたとペットのストーリー教えてください

「sippoストーリー」は、みなさまの投稿でつくるコーナーです。飼い主さんだけが知っている、ペットとのとっておきのストーリーを、かわいい写真とともにご紹介します!

この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
Follow Us!
編集部のイチオシ記事を、毎週金曜日に
LINE公式アカウントとメルマガでお届けします。


動物病院検索

全国に約9300ある動物病院の基礎データに加え、sippoの独自調査で回答があった約1400病院の診療実績、料金など詳細なデータを無料で検索・閲覧できます。