病気が進行する犬にできることは何かないか 愛玩動物看護師がとった行動
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。日一日と病状が悪化していく犬。村上可奈恵さんは、「不安な飼い主さんの話し相手になりたい」と、何度も待合室へ飛び出していきました。亡くなった時は、「一緒に悩むことしかできなかった」と無力感を覚えますが、飼い主からかけられたのは意外な言葉でした。
来院理由は「なんか元気がない」
関東で複数の動物病院を展開する「動物総合医療センター」で、看護教育プロジェクトリーダーを務める愛玩動物看護師の村上可奈恵さん。前編で紹介するのは、村上さんがそのうちの一つ、埼玉県新座市にある病院で働いていた時のお話。
女性がビーグルを連れて来院した。ビーグルは、ほんの1、2カ月ほど前の健康診断で、元気いっぱいの姿を見せてくれたばかり。だがこの日、女性は訴えた。
「なんか元気がない」
しかし、村上さんや獣医師が見たところ、別段そうした印象は受けない。血液検査もしたが、異常なしだった。
「そこで獣医師が体調回復のため皮下点滴を行いました。食欲がないと言うので、おいしいフードもご案内し、『一回様子を見ましょう』ということになりました」と村上さん。
誰の目にも、「ちょっとした不調で来院した、よくあるケース」。だがこれは、怒涛(どとう)の展開の前ぶれだった。
それからわずか2日後、女性は再びやって来た。前回よりもさらに具合が悪そうだと言う。
「この時は私たちが見ても、たしかに元気がありませんでした」
そこで、より詳しい血液検査を行った。結果は、「貧血気味と言えなくもないかな、でも微妙かな」といった具合だったため、この時も女性と相談し、治療に進むことはしなかった。
驚くことに、その翌日も、病院には女性とビーグルの姿があった。
「この頃から目に見えて、ワンちゃんの調子が悪くなっていきました。『症状が出始めたら一気に』という感じでしたね」
不安ともどかしさでいっぱい
この日から、たまたま診察室でビーグルの保定(診療中、動物が動かないよう体をおさえること)に入るようになったのが村上さんだ。
色々と精密検査をした結果、獣医師が「もしかしたら、この病気の可能性がある」と女性に伝えたのが再生不良性貧血だ。骨髄で血液がうまく作れなくなる病気で、治療しても治らない場合もあり、重症化すれば命にかかわる。
「決めきれない診断結果と、日増しに具合が悪くなる犬。そばにいる女性からは、不安に加え、不調の原因がわからないことへのもどかしさが強く感じ取れました」
ここから村上さんは行動に出た。検査結果が出るまでなどの待ち時間、待合室に飛び出していき、女性に声をかけたのだ。
だが、病名がつかない中、「大丈夫ですよ」と励ますわけにもいかない。女性は、愛犬に家でしてあげられることはないかとたずねるが、やはりこうした状況ではアドバイスも難しい。提案できたのは、せいぜい「食欲がないなら、煮汁のスープはどうですか?」ぐらいだった。
「相談や不安を聞き、『どうですかねえ』と一緒に考え、悩む。私がしていたのは本当にそれだけだったんです」
治療開始、でも薬が効かない
そこからわずか数日の間にも病状は進行する。貧血が悪化したことで、ついに再生不良性貧血と確定診断が下された。薬での治療がスタートする。
「でも、進行があまりにも速すぎて。薬が効かず、日ごとにどんどん悪くなっていく中、次に打つ手がきわめて難しい状態でした」
これほどの猛威を振るう病魔を前に、飼い主にしてあげられることは見つからない。それでも村上さんは臆せず、女性のもとへ足を運ぶことをやめなかった。「今、お家でどんなケアをしていますか?」「どんなことが不安ですか?」と声をかけ、女性の言葉を受け止め、ともに悩む。「何もできないし、役に立つことは何も言ってあげられないけれど、とりあえず話し相手になろう」。その思いにつき動かされながら。
愛犬が病気になったのは、自分に落ち度があったからではと女性が口にした時は、そんなことはいっさいないと断言した。また、「飼い主として何もできていない」と、やはり自分を責めるニュアンスを感じた時には、「ここまでワンちゃんのことを考えて悩むことも、病院に連れてくることも、とてもすごいこと」と、心を込めて伝えた。
「治療や検査など長時間病院にいることもある中、毎日病院に通ってくるのは大変です。決して当たり前ではないと、知ってほしかったんです」
無意味なんかじゃなかった
最初の来院から数週間ほどして、ビーグルは自宅で息を引き取った。連絡を受けた村上さんは、無力感にとらわれた。
治療で目に見えた改善がほとんどなく、役に立つアドバイスも言ってあげられなかった。病院のスタッフとして、何も力になれないまま、すべてが終わってしまった――。
しばらくたったある日、女性から電話があった。担当の獣医師にお礼を伝えるために。
と、ここまではよくある話。女性はその後、「村上さんに電話を替わってほしい」と言った。名乗った記憶はないため、おそらく掲示板のスタッフ紹介か名札を見て、名前を覚えていてくれたのだろう。
わざわざ指名してくれたことに驚いていると、女性は「ありがとうございました」と感謝を述べた。村上さんは正直な思いを口にした。
「お力になれたかどうかって、思っていたんですけれど……」
すると女性はこう言った。
「あの時、色んな言葉をかけてくれたのが、本当に心強くて、うれしかったんです」
予期しなかった言葉に、村上さんの内から力がわいてきた。あの行動は、決して無意味ではなかったのだ。
「話を聞いて、ただ一緒に悩むだけでも、飼い主さんがそれを必要とする時があり、動物看護師ができる仕事のひとつなのかなと思えたんです。あの体験以来、飼い主さんと話すことを大事にして仕事に向き合うようになりました」
この時心で感じた、飼い主と話すことの大切さ。その本質を、「看護」の視点から改めて理解するのは、まだ数年先のこととなる。このお話は後編で。
※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。
(次回は6月25日に公開予定です)
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