犬は果たして「愛」なのか 富士丸、大吉、福助と暮らして知ったこと

イヌは愛である 「最良の友」の科学と犬
表紙の犬の顔が物語っている

 先代犬の富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らすライターの穴澤 賢さんが、犬との暮らしで悩んだ「しつけ」「いたずら」「コミュニケーション」など、実際の経験から学んできた“教訓”をお届けしていきます。

(末尾に写真特集があります)

科学者が愛を語る?

 最近、興味深い本を読んだ。タイトルは『イヌは愛である 「最良の友」の科学』(早川書房)。何が興味深いかというと、この本の著者クライブ・ウィンが科学者である点だ。動物行動学、心理学やDNAなどを研究する科学者が、愛を語るのか? と思ったのだ。あと、表紙の犬の顔があまりにも良かったから手に取らずにはいられなかった。

 犬と人間の心温まる話はたくさんある。犬と暮らしてきた中で、彼らがなんともいとおしい存在であることも実感している。けれどデータを注意深く集めて重視する科学者が犬の愛を語る、しかも断言している。というところに興味が湧いた。

 実際、著者は犬と人間との絆について当初は懐疑的だった。1990年代後半に、犬が独自の知能を持つ研究結果が発表され、イヌ科学の分野で話題になったらしい。それは、犬は人間のそばで暮らしてきた数千年の間に、人間の考えていることを理解する特殊な能力を身につけたというものだった。

 しかし幼少期に犬と暮らし、その後も保護犬を引き取って暮らしていた著者は「犬は最良の友」であることは認めつつ、「犬にだけに特殊な能力なんてあるのか?」とうたぐった。犬だけでなく、オオカミだってキツネだって、もっといえば他の哺乳類だって、幼い頃からずっと人間と暮らしていれば、それなりの信頼関係を築けるのではないか。

富士丸
犬OKの居酒屋でからまれる富士丸

 そう思ってオオカミを飼育している施設などへ行き、検証実験などをしていく。そうしていく中で、人間が育てたオオカミはある程度は心を許していることが分かってくる。ほらやっぱり、となるのだが検証を繰り返すうち、どうも違う側面が見えてくる。

 というのは、たとえば同じような環境で育ったオオカミと犬では、人間との距離感が違ったりするのだ。心を許しているはずのオオカミでも一定の距離を置きたがるのに対し、犬は飼い主でもない見知らぬ人のそばにいる時間が妙に長い。それはなぜなのか。

 その謎を突き止めるために、脳の動きやホルモンの働き、さらにはDNAまでさかのぼって調べていく。その結果、明らかになったのは発表された「特殊な能力」ではなかったが……、とここくらいまでにして後は本を読んでもらいたい。私は「なるほど〜」とふに落ちた。

川で遊ぶ富士丸
渓流釣りを楽しむ私の後をシャバシャバ付いてくる富士丸

犬は何を望んでいるのか

 きっと犬と暮らしている人なら肌で感じていることだと思うが、そばにいる犬がさらに愛おしくなる本だと思う。この本の素晴らしいところは、犬が特別な存在であることを検証するだけでなく、犬とどう接すればいいのか、彼らは何を望んでいるのか、巷でいわれている飼い主が群れのリーダー説の誤り、などにも触れている点だ。

 以前に書いた通り、私もかつて富士丸と暮らしはじめた当初は、自分がリーダーでないといけない、きびしくしつけないといけないと思い込んでいた時期があり、後でそれが間違っていたことに気がついて反省したが、犬は家族が群れなんて思っていないのだ(本の中ではオオカミすら群れ意識ではない根拠が述べられている)。

寝ている犬
寝落ちしている私に寄りかかって寝落ちする大福コンビ

犬は犬種なんて気にしていない

 さらに後半では、犬種についての問題にも触れている。アメリカではシェルターや保護犬譲渡が日本より進んでいるのはなんとなく知っていたが、そもそもなぜシェルターが必要なのか。それは安易に飼って捨てる人がいるからだ。その多くがペットショップで純血種にこだわって「買った」人だ。

 しかしそれが、保護犬を迎えようとシェルターを訪れる人にも見られるという事実には驚いた。なぜ分かったのかというと、あるシェルターで犬種のラベルを貼るのを止めたところ、譲渡率が上がったというのだ。なんで? と私も思ったが、どうもこういうことらしい。

 シェルターを訪れる人は、たいてい自分の求めている犬種で思い描いている。たとえばジャーマンシェパードであれば、そういう犬の姿形を頭でイメージしている。だからシェルターを訪れてジャーマンシェパードと書かれたラベルを探すが、なければ他の犬を見ずに帰ってしまう。けれどラベルがないと、それっぽい犬を探したり、違う犬を見たりする。

 それで譲渡率が上がるというのだ。アメリカでシェルターを訪れる人にも犬種にこだわりがあるのは意外だった。そもそも犬種なんて気にしているのは人間だけで、犬は自分の犬種など気にしているはずがない。

走る犬
前がブラウン・フォクシー・デロリアンで、後ろがホワイト・フォクシー・デロリアンという珍しい犬種(どちらも雑種)

 ちなみに犬種について、どれくらいあいまいなものか、同じ犬種だって気質がそれぞれ違うこと、純血種の交配を続ける危険についても触れられている。もちろんそれぞれ好みのタイプはあるとして、犬種のこだわりへ警鐘を鳴らしている。私も犬種はどうでもいい派なのだが、好みはある。たぶん富士丸のようにシュッとしているタイプに惹かれるのだろう。福助は全然シュッとしていないが。

犬と暮らして知ったこと

 いずれにしても、犬と暮らしている人や、いつか犬を迎えようと思っている人にはぜひ読んでみてもらいたい一冊だと思う。最後の方にこんな一文があった。「けれど、イヌはひとそろいの機能よりはるかに多くのことをしてくれる。そんなものがあるとは自分でも気づいていなかった愛の泉を呼び起こし、自分以外の生きもののために貢献的な行動をとれと背中を押してくれる。」

 愛の泉なんて言葉はクサイ台詞のようで自分では絶対使わないが、犬についてこう言われると妙にしっくりくる。自分でも気づいていなかった、というところに強く共感する。分かる人は分かると思うが、本当にそうなんだよね。

山と犬
山の家が大好きな大福

【前の回】映画『犬部!』を見て思う 保護犬猫の問題や愛犬たちのこと

穴澤 賢
1971年大阪生まれ。フリーランス編集兼ライター。ブログ「富士丸な日々」が話題となり、犬関連の書籍や連載を執筆。2015年からは長年犬と暮らした経験から「デロリアンズ」というブランドを立ち上げる。2020年2月には「犬の笑顔を見たいから(世界文化社)」を出版。株式会社デロリアンズ(http://deloreans-shop.com)、インスタグラム @anazawa_masaru ツイッター@Anazawa_Masaru

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この連載について
悩んで学んだ犬のこと
先代犬は富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らす穴澤賢さんが、犬との暮らしで実際に経験した悩みから学んできた“教訓”をお届けしていきます。
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