14年を共に過ごした愛犬との別れ 「死を乗り越える強さ」を教えてくれた

一番に家に帰ってきた人を出迎えてくれていた、こうめちゃん(奈美さん提供)

 いつか来るペットとのお別れの日――。経験された飼い主さんたちはどのような心境だったのでしょうか。

 2023年2月5日、雑種犬のこうめちゃん(享年推定14歳)は、家族に見守られながら旅立ちました。奈美さん家族の末っ子として大切に育てられてきたこうめちゃんについて、保護した経緯、病気、亡くなったときのことなどお話を伺いしました。

(末尾に写真特集があります)

山の中に捨てられていた子犬

――奈美さんは、昨年の2月に愛犬ちゃんをみとられたとお聞きしました。愛犬のお名前を教えてください。

「こうめ」です。雑種犬の女の子です。

――こうめちゃんはどのような経緯で、奈美さんのお宅で飼われることになったのでしょうか?

 夫が趣味で釣りをするのですが、2009年の春、山の中にある池に釣りに行ったとき、小さな箱にぎゅうぎゅうに詰められた、産まれてまもない子犬が捨てられていたそうです。

 当時はまだ保護犬活動などが今ほど盛んではなく、野良犬がいるのが当たり前の状況で、私たちは結婚してから犬を飼ったことがなく保護の知識もなかったのですが、1匹でも助けたいと思い、保護したのがこうめです。他に5匹いたのですが、すでに瀕死(ひんし)の状態の子が多く残念ながら為すすべがありませんでした。

――自宅に連れて帰ったこうめちゃんは元気に育ったのですね。

 そうですね。元気に育ちました。見た目は柴犬のようなコーギーのような感じで、まわりからは「柴犬ですか」と聞かれていました。体重は若いころは17~8キロでしたが、7歳のとき子宮蓄膿症(ちくのうしょう)にかかって、子宮をとる手術をした後は22~3キロまで増えました。体が大きかったので、家に来た友人からも「こうめ」ではないよね……と言われていました。

1歳のこうめちゃん、小さい頃は元気にフリスビーをしていた(奈美さん提供)

胸腺腫が発覚、手術をして元気になるも再発

――元気だったこうめちゃんは、なぜ亡くなったのでしょうか?

 胸腺腫でした。胸腺腫に気づいたのは2020年4月のあたまです。ある夜、突然、横になれなくなったのです。ふせの姿勢がとれなくなってしまって、夜もずっとお座りの状態だったので、「これはおかしい」とすぐ病院へ行きました。

 かかりつけ医は改装中だったので、市外の大きな病院へ行きました。そこですぐに胸腺腫がわかりました。「かなり大きな腫瘍(しゅよう)があり、心臓、呼吸器を圧迫している状態なので、できたらすぐ外科手術で腫瘍を取ったほうがいい」と言われました。手術で預けるときに「元気な姿で返せないかもしれない」とも言われていたので、承諾書を書くのがつらかったのですが、その時は予想以上の回復を見せて、無事に退院もできました。

――手術後は元気になったのですね。

 予後を見ていく必要があるということで、エコー検査などのために定期的に通院していました。特に問題がない状態が続いていたのですが、手術から2年半後、2022年の9月中ごろ、急にこてんとひっくり返ってしまったんです。

 夜間でいつもの動物病院が閉まっていたので、また別の夜間病院へ行ったのですが、「腎臓が悪くなっているかもしれない、でもこの子は手術歴もあるし、元の病院へ行くほうがいいですね」と、その日は薬だけもらい帰宅しました。

 腎臓と言われてもピンと来なくて、明朝、主治医のところへ行ったところ、胸腺腫の再発がわかりました。前の検診時には異常はなかったのですが、再発が見つかったときはかなり大きくなっていたようです。

――どのような対処をすることになったのでしょうか?

 前の手術から数年経っていて、「年齢を考えると、たぶん手術には耐えられないと思います」と言われて、手術はせず、通院で5カ月過ごしました。基本は投薬、週に1回程度、エコーを見ながら腫瘍から出る血液、水分を抜いてもらうような処置をしてもらっていました。

ソファが一番のお気に入りスペースだったこうめちゃん(奈美さん提供)

検診のために連れて行った病院で旅立った

――5カ月間、ご自宅ではどのように過ごされたのでしょうか?

 こうめがひとりにならないよう家族の仕事を調整して、誰かが家にいるようにしていました。また、亡くなる2カ月ほど前からは横になって眠るのが苦しくなってきて、お座りをしたまま寝ようとするのですが、うまく眠れないので、夫と下の娘が交代で、夜寝るときにこうめを抱きかかえて寝させていました。

――みんなでこうめちゃんの看病をしていたのですね。

 そうですね。亡くなった日も検診の日で、夫と上の娘と私、3人で病院に連れて行きました。車の乗り降りも体勢が悪いと苦しがるので、いつも数人で行っていたんです。2月5日のこうめが亡くなった日は、診察が終わって「また1週間後」と診察室を出て、夫と上の娘と一緒にこうめが自分で歩いて病院を出るところで、こうめがほえたんです、「わんわんわんわん」と。そしてそのまま、こてんと横にひっくり返ってしまって。それを見て主治医が「蘇生してみます」と。

 自分たちもいつかはその日が来ると覚悟はしていたのですが、このタイミングで……とは思ってもいませんでした。

楽な姿勢は毎日違うようで、夜は奈美さんの夫と下の娘が交代で、自分たちの睡眠をさしおいて、こうめちゃんが眠れるようにしていた(奈美さん提供)

乗り越える強さを学ぶ

――ペットロスにはなりましたか?

 こうめは、三姉妹の末っ子として大切に育ててきた子でしたので、やはりショックで、家族みんなが、食事をとれなくなったり、自発的な行動がとれなくなったりしました。こうめが旅立った後、こうめがよくなついていた義父が10日もしないうちに亡くなり、葬儀などで忙しくして気持ちを紛らわすことができ、そんな時間の経過とともに徐々に気持ちが落ち着いてきました。

――奈美さんにとって、ペットの死に向き合うということはどういうことだと思いますか?

 ペットを亡くしたことで、心を強く、乗り越える強さを与えてもらえたのかなと思います。飼ったことがない人は「たかが犬でしょ」と思うかもしれませんが、家族を見守ってくれる存在で、いろいろな役割を担っていて、たかが犬ではなく、子供たちにとっては姉妹であり、飼っている方にとっては家族ですよね。人間より先に旅立ってしまいますが、生活を共にしたものを亡くすつらさを学ばせてくれたと思います。貴重な経験でした。

こうめちゃん2歳のころ、散歩中、水仙を愛でているような様子(奈美さん提供)

<取材を終えて>
 家族みんなで看病をし、最期は病院で獣医師と家族の前で旅立ったこうめちゃんのお話をお聞きして、同じような状況で亡くなった自分の愛犬を強く思い出し、取材中に筆者も涙してしまいました。最期まで自分の脚で歩き、タイミングを見計らって旅立ったこうめちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。

【前の回】ひとりで面倒をみて心の支えだった愛猫のみとり 「もう猫は飼わない」と心に決めた

岡山由紀子
某雑誌編集者を経て、2016年からフリーのエディター・ライターとして活動。老犬と共に暮らす愛犬家。『人とメディアを繋ぎ、読者の生活を豊かに』をモットーに、新聞、雑誌などで執筆中。公式サイト: okayamayukiko.com

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この連載について
ペットの死に向き合う
いつか来るペットとのお別れの日。経験された飼い主さんたちはどのような心境だったのでしょうか。みなさんの思いを伺います。
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