ベランダに生まれたての三毛猫の赤ちゃん 新婚時代の猫「チビ」との思い出

机の上に乗る三毛猫
妻が働いていた朝日新聞岐阜支局のデスクにのるチビ

 今回は、僕が新婚時代に、2年余飼っていたメス猫「チビ」の話をしたい。顔のきれいな三毛猫だったが、内実は凶暴で、見知らぬ輩には攻撃を何度でも仕掛けた。でも慣れてくると、人なつっこい。小さいころ愛猫を亡くしトラウマに悩む僕も、徐々に気を許していった。

(末尾に写真特集があります)

ベランダに三毛猫の赤ちゃんがいた

 チビは、元々妻が独身時代に拾い、飼っていた猫である。僕とチビとの最初の出会いは、1994年ごろだったと思う。僕が朝日新聞の岐阜支局にいたころだ。当時、支局のアシスタントをしていた妻とつきあい始め、マンションに遊びに行ったときのことだ。

 リビングの扉を開けると、華麗なジャンプとともに、僕の腕にかみついてきたのである。「いてっ!」と叫んでも、何度もかみついてきた。妻がとりなすと、そそくさと奥の方に歩いていった。妻を守るための攻撃だったのである。第一印象はなんとも強烈だった。

 妻に、チビとの出会いを再現してもらうと――。当時住んでいたマンションの敷地に、はちきれんばかりのおなかをしたメスの野良猫がいた。おなかに赤ちゃんがいたが、あばら骨が浮き出ているくらいガリガリに痩せていた。

 マンションは、動物の飼育は不可。ある日、敷地に母猫がいた。栄養不良を見過ごすことができず、4階に住んでいた妻はベランダから猫へ目掛けてウインナー4本を投げた。猫は一度妻を見上げるとウインナーをむさぼるように食べた。

「ミャーミャー」。翌朝、ベランダから聞きなれない声が聞こえてきた。ベランダに出てみると、ネズミのようなものが動いていた。手のひらに収まるくらい小さいもの。よく見るとへその緒がついたままの三毛猫の赤ちゃん。まだ生まれて間もない感じ。まわりには少し血がついていた。

 ペット不可のマンションだが、放っておくこともできず、ひとまず部屋へ連れていきタオルを引いた箱に入れた。体温が下がってしまうと死んでしまうので、柔軟剤のボトルにお湯を入れ、タオルを巻いて子猫のそばにおいた。

「まさか……ウインナーの恩返し?」。でも、どうしよう? 温かくしてもう一度ベランダに箱ごと置いて、カーテンの影から様子をみていた。まもなくして、雨どいの排水の側溝を昨日の母猫がくぐり抜けてやってきた。おなかはペタンコ。子猫の匂いをクンクン嗅いで、また側溝を抜けて出て行ってしまった。それっきり母猫は来なくなってしまった。獣医さんに聞くと、人の匂いがついたので連れていかなかったのではないか、ということだった。

 結果、飼ってくれる人を探しがてらの子猫育てが始まった。猫の育児書と子猫用の粉ミルクと哺乳瓶を購入し、数時間おきのミルクと排泄(はいせつ)介助。妻は子育てすらしたことがないのに育児書頼りに奮闘した。生まれたばかりできっと育たないだろう。短い間だけれど、せめて温かい部屋でおなかいっぱいな幸せな「猫生」を送って欲しいと思って育てていたそうだ。

 しかし、予想に反して、へその緒が取れ、目が開き、どんどんと愛らしい猫の姿になってきた。里親探しも頑張ってはいたが「メス猫はちょっと」と断られてばかり。大切に育てている猫を保健所に持ち込んで安楽死なんてとんでもない! 生まれたその日から育て、母性も愛情も芽生えた妻は追い出されることを覚悟で飼うことを決めた。

かごの中に入る三毛猫
何か用かニャー?

怖い物知らずだったチビ

 名前は安直だが、小さかったので「チビ」と名づけた。すくすくと育ったが、大事に育て過ぎたのか、それはそれは気位の高い傲慢(ごうまん)なレディーになってしまった。友達が来るとまずは玄関でクンクンと品定め。どんな輩なのかしら? 気安く触ろうものなら、猫パンチにかみつき攻撃をされる。手は血だらけに。チビに初めて会う人は流血の洗礼があると恐れられていた。

「家に遊びに行きたいけれどチビが怖いよね」と、友達界隈でうわさになっていたらしい。しかしそんなチビも妻だけには甘えまくり。妻は「その特別さが、余計にかわいかった」と目を細める。

 妻が僕と結婚しても、その凶暴さは変わらなかった。僕の会社の同僚や友人が遊びに来ると、どんな大男にも勇敢に立ち向かっていった。怖い物知らず、とはこのことだろう。

 しかし翌年に長女が生まれると、チビに「母性」が生まれる。一緒に妻の実家に里帰りをしたとき、2階のベビーベッドで長女が泣いていると、「泣いてるよ」と言わんばかりに「ニャーオ、ニャーオ」と鳴き、1階にいる妻を呼びにくる。

 また、娘がハイハイをするころ、しっぽをかまれ、体の毛を思いきり引っ張られたのだが、あれだけ気性の荒かったチビが怒ることもせず、ただじっとやり過ごしている姿はまるでお母さんのようだった。

バッグに入る三毛猫
バッグの中に入り込むチビ

別れは突然やってきた

 しかし、チビとの別れは突然に訪れた。娘がまだ4カ月だったとき、僕の東京への転勤が決まったのだ。当時10歳だったチビも連れていく予定だったのだが、社宅がペット禁止だったことと、義母が「赤ちゃんに何かあってはいけないから、私がチビの面倒を見る」と連れて行くことに反対した。妻はとても悩んだのだが、義母は猫が大好きなので、安心して任せられるのは母親しかいないと、チビを託すことにした。

 その後、チビは病気をすることなく義母にかわいがられ、猫生を満喫した。亡くなる直前、義母にとても甘えて、「今日はやけに甘えるわね?」と思ったそうだ。

 最後にたくさんなでてもらい満足したのか、いつも寝ているふとんへ入っていき、翌朝見たらその中で息を引き取っていたそうだ。あと少しで20歳の大往生だった。

抱っこされる三毛猫
妻の妹に抱っこされご満悦のチビ

 妻は、チビについてこう表現する。「姉妹のようであり、子どものようであり、猫以上の存在だった」。僕にとっても、小さいころのペットロス体験を洗い流してくれた、癒やしの存在だった。チビのおかげで、猫の可愛さを改めて知った。

 チビには、こんな特技があった。友達が遊びに来た時にみんなでワイワイ話をしていると、円陣に加わるようにテーブルの上に座ってみんなの話をジーッと聞いている。いまも天国から、僕ら夫婦をじっと見ているのかもしれない。

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佐藤陽
1967年生まれ。91年朝日新聞社入社。大分支局、生活部、横浜総局などを経て、文化部(be編集部)記者。医療・介護問題に関心があり、超高齢化の現場を歩き続けてまとめた著書『日本で老いて死ぬということ』(朝日新聞出版)がある。近著は、様々な看取りのケースを取り上げた『看取りのプロに学ぶ 幸せな逝き方』(朝日新聞出版)。妻と娘2人、オス猫2匹と暮らす。妻はK-POPにハマり、看護師と大学生の娘たちも反抗期。慕ってくれるのは猫の「ジャッキー」と「きなこ」だけ。そんな日々を綴ります。

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この連載について
日だまり猫通信
イケメンのオス猫2匹と妻子と暮らす朝日新聞の佐藤陽記者が、猫好き一家の歴史をふりかえりながら、日々のできごとをつづります。
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