エアガンを撃たれ下半身マヒとなった子猫 保護されて、ふくふくとした愛され猫に
サビの子猫は、若いノラ母さんとお兄ちゃん猫と3匹で、高齢女性の庭でご飯をもらって生きていた。ある日、その子が後ろ脚を引きずり前脚ではっているのを見かけたのは、同じ町に住むゆかこさん。仕事の合間に車で移動中のことだ。必死で逃げる子猫を捕獲して動物病院を探し回るが、どこも昼休み。時間外で診てくれた獣医さんは、X線写真を見て叫んだ。「腰にエアガンの弾が撃ち込まれている!」
毎日、「なんて可愛いの!」
サビ猫の福ちゃんがこの家に来て、11年が過ぎた。やってきたときはまだ生後2カ月くらいだった。これからおてんば盛りという年齢だったが、福ちゃんの下半身の機能は、そのときまったく失われていた。
今の福ちゃんは、たくましい上半身をフル活用して楽しく生きている。外猫だったら、命の危険も困難もたくさんあるだろうが、家猫生活で困ることは何もない。ゆかこさんが置いたクッション2段の「福ちゃん階段」でソファにも登れるし、キャットタワーの1段目くらいなら鍛えあげた前脚だけで上ってみせる。3匹の犬猫仲間たちの誰よりもパワフルで強気の福ちゃんに、みな一目置いている。丸いお顔に丸い目の福ちゃんは、名前の通り、見るからのふくふく猫だ。
ゆかこさんは、毎朝毎夕、圧迫排尿で福ちゃんのおしっこを出し、うんちも絞り出す。福ちゃんが洋服を着ているのは、冬場の体温調節が苦手なためだ。床をはうので雑菌感染予防のために履いている新生児用オムツがずれないためでもある。オムツが当たる部分は、蒸れ防止のためにバリカンで刈っている。
ゆかこさんは、読んでいる最中の新聞を福ちゃんがしわくちゃにして遊ぼうが何をしようが、元気なのがうれしい。「福ちゃんってば、なんて可愛いのお」といつも言っている。もっとも、ゆかこさんは、ミルキーちゃんにも雷くんにも優くんにも、「もう、なんて可愛いの!」を毎日浴びせている。訪問介護の仕事は、愛情豊かなゆかこさんにとって天職とも言えよう。
この家の最古参は、ダックスとパピヨンのミックス犬で15歳になるミルキーちゃんだ。当時6年生と3年生の息子たちの「犬と暮らしたい」という願いで迎えたのだった。
12年前に、ゆかこさん一家の初めての猫としてやってきたのが、チョビヒゲ白黒猫の雷(らい)くんだ。ゆかこさんが当時働いていた職場の同僚の家に入れてもらったノラ母さんが産んだ子である。長男と次男との3人で家族会議をして迎えることに決めた。ミルキーちゃんも雷くんをすんなり受け入れ、平和に暮らし始めた。
前脚だけで、必死に逃げる子猫
ゆかこさんが、福ちゃんと出会ったのは、雷くんを迎えた翌年、11年前のことだ。よく通りかかる家の庭にいた。
「一人暮らしの高齢の女性の庭で、ノラの母子がご飯をもらって暮らしていました。白黒の小柄で若い母猫が、生まれて2カ月足らずくらいのサビの子猫を自分のシッポで遊ばせていて、そのそばには、前に産んだと思われる白黒のお兄ちゃん猫もいました。3匹は、いつもいっしょでしたね。当時は、まだTNRも普及しておらず、私にも保護意識がなくて、無事育つといいなと見ていました」
ある日、その家の前を通りかかると、高齢女性が「子猫が後ろ脚をぶらぶらさせて、前脚だけではっている」と訴える。ゆかこさんが捕まえようとしたものの、子猫は前脚だけで、思いもよらぬ速さで必死に逃げていく。
「探し回り、やっと見つけて、シャアシャア威嚇するのを後ろからタオルで包み込み、手持ちのコンビニのビニール袋に入れました」
次の仕事への移動中のお昼どきだった。市内の動物病院はどこも午前の診療時間を過ぎて電話の応対もなし。探し回り、電話もかけ続けた末、飛び込んだ動物病院が、緊急に診てくれた。
レントゲン写真を見た獣医は叫んだ。「エアガンの弾が腰に入っている!」先生はゆかこさんに聞いた。「この子を飼いますか?」 ゆかこさんがとっさに「はい、飼います!」と答えると、先生は言った。「すぐにオペに入ります」
手術で摘出された弾は、オリンピックで使う競技用のエアガンの弾だった。至近距離から狙って撃つという、冷酷な犯罪である。ゆかこさんは獣医さんと共に警察に通報し、動物虐待案件として受理してもらった。何回か現場検証や聞き込みなどをしてもらったが、いまだ犯人はわからずじまいだ。事件後、ゆかこさんは母猫に避妊手術をして、見守ることにした。
兄猫は救えなかったが、母猫は保護
子猫を保護したその晩、ゆかこさんと息子たちとの家族会議が開かれた。退院後の子猫を迎えることは事後承諾の形となったが、息子たちは賛成してくれた。
「福」という名をもらった子猫は脊椎(せきつい)を損傷したため、下半身が完全にまひしている。後ろ脚がそれぞれ、あっちに向いたりこっちに向いたりするが、痛みは全く感じない。すぐに家族や先住犬猫になれてくれたのが救いだった。半身まひの子猫を育てるという、手探りで試行錯誤の日々が始まった。
福を保護して2カ月たったクリスマスイブ。寒い寒い夜だった。福の母猫と兄猫にご飯を与えている高齢女性から切羽詰まった口調の電話がかかってきた。兄猫が、口から泡を吹いて行方不明だという。そして、近隣から「母猫にもう餌をやるな。保健所に連れていく」と言われたという。「明日の朝早く迎えに行くから、確保しておいて」とゆかこさんは伝えた。
またもや、家族会議。息子たちは言った。「お母さん、もう決めているんでしょ。その猫もうちの子にするって」と。
そして、クリスマスの朝に連れてきた母猫は、ゆかこさんちの3匹目の猫「クロマメ」、通称マメちゃんとなった。
「お兄ちゃん猫は行方不明のままでした。福を保護したとき、3匹一緒に保護してやればよかったと、どんなに悔やんだことか。当時の私は、犬猫3匹でいっぱいいっぱいになっていて、親子3匹いっしょに保護までの余裕を持てなかった……。ごめんなさいの気持ちはずっと消えません」
2カ月ぶりに会う母を福はまったく覚えていないようで、フーフーシャーシャーと威嚇した。「でも、クロマメはしっかり覚えていました」と、ゆかこさんは言う。
一緒に暮らし始めると、離れたところからでも、その目はいつもわが子を追っていた。そして、ゆかこさんが福の嫌がるオムツ交換と清浄をするときは必ず毎回、ゆかこさんの手を本気の猫パンチでパシッとたたきにくる。「なんで、福の嫌がることをするの」と怒っているのだ。
うちの子にしてやれなかった兄猫には、「天に行ってしまった後になってしまったけど、うちの子だよ」という思いを込めて「天」と名付けた。
出会い、そして、別れ
穏やかなミルキーちゃんと、猫3匹の暮らしは、平和に続いた。クロマメ母さんは、年と共にどんどん甘えん坊の家猫となった。思い思いの場所で日なたぼっこしたりくつろいだり、帰宅時にそろって迎えてくれる姿は、ゆかこさんの仕事の疲れを吹き飛ばしてくれた。
保護して何年もたってからのこと。クロマメ母さんがやたら脚をなめ始めたのが気になり、「関節でも痛いのかな」と獣医さんに連れて行き、レントゲンを撮ってもらうと、思いもよらぬことが発覚した。そのももにも、福と同じエアガンの弾が入っていたのである。「母さんまでやられていたとは!」と、ゆかこさんの胸は怒りに張り裂けそうだった。幸い、関節に異常はなく、弾もいまさら取り出す必要なしとの診断だった。
7年前には、またまた黒白の優くんを迎えた。飼い主のお年寄り夫婦が施設入居のため、住む家をなくすことになる子である。放っておけず、この時も家族会議。「お母さん、もう決めてるんでしょ」と、息子たちは笑った。
優くんは末っ子タイプで、ミルキー姉さんはじめ、先輩たちのことが大好きだ。福ちゃんにもよくくっついている。
クロマメ母さんは、外暮らし時代にすでに体を壊していたようだ。慢性腎不全と、肥大型心筋症の手当てを尽くしたが、具合はどんどん悪くなった。福ちゃんに心配そうに見守られたり、優くんに毛づくろいしてもらったりと穏やかな最後の日々を過ごし、ゆかこさんの腕の中で旅立った。「怖かったこと、痛かったこと、みんな忘れて暮らしてくれたかな」と、ゆかこさんは思っている。
クロマメ母さんとの約束
ゆかこさんが、何冊もの猫ノートを見せてくれた。雷、福、クロマメ、優、それぞれの食べた量や排泄(はいせつ)などの日々の健康状態と共に、折々の記録や思いが書かれてる。
昨年12月25日のノートには、こう書かれていた。「クロマメ、13歳の誕生日おめでとう。朝から涙がとまらない。マメちゃん、大好き、ずっと大好きだよ。クリスマスのあの日、朝イチで迎えに行ったんだよね。マメ、会いたいよ、会いたいよ、抱きしめたいよ……」。クロマメ母さんは誕生日が不明なので、迎えたクリスマスを誕生日としたのだ。
椎間板(ついかんばん)ヘルニアを克服したミルキーと、雷と福と優が、この先もそろって仲良く元気に暮らしてくれることが、ゆかこさんのなによりの願いだ。ことに、福ちゃんには、天兄ちゃんの分もクロマメ母さんの分も、濃くたくましく元気に暮らしてほしい。
「一生懸命生きている犬猫たちに、どれほど生きる元気をもらっていることか。虐待や飼育放棄などをけっして許さない、どの子も安心して暮らせる社会になってほしいです」
クロマメ母さんを見送るときに交わした約束をゆかこさんは一日たりとも忘れない。
「クロマメの母ちゃんになれて、私、しあわせだったよ。福のことは任せろ~!」
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