庭猫「スンスン」あまりに突然の別れ 最後にそっとなでると悲しみがこみ上げた

 先週からスンスンは顔を見せなかった。

(末尾に写真特集があります)

「さっきうちの庭で…」

 仕事帰りに上坂さんから着信があった。ふだんはメールのやりとりだから、何かが起こったのだと身構える。

「スンちゃん、さっきうちの庭で亡くなりました」

くつろぐ猫
いつもはねていたヒゲ

 上坂さんの沈んだ声。すぐに向かうと伝えて電車に乗る。猫エイズにかかると、元気そうにしていても急に体調を崩すとは聞いていた。

 どこかで覚悟をしていたとはいえ、あまりにも突然だ。出会ってまだ9カ月。スンスンは私たちの生活の一部になっていた。駅前で花屋に寄り、スンスンにたむける花を買う。

弔いの花束に囲まれて

 メールでは何度もやりとりを重ねていたが、会うのは初めてだった。ごあいさつをしてその優しいムードにほっとする。室内は整えられて、ピアノの上には代々の猫の写真が飾ってある。

大口を開ける猫
おれの庭だぜ

 部屋の真ん中でスンスンは白いタオルにくるまれて、弔いの花束に囲まれていた。その清らかな棺を見れば、どれだけ大切にされていたかが十分に伝わった。

 カッチカチのスンスン。触るとひんやりして剥製のようだ。魂は出ていって、もうあのスンスンではない。

眠る猫
セルフ腕枕

 「昨日まで元気だったのに。朝方、雨戸を開けたらもう呼吸が弱っていて。すぐに電話をせずごめんなさい」上坂さんはしょんぼりとうなだれている。

 今朝は早くに出ていたから、連絡をもらったとしても病院へ連れて行けなかった。

優しさに守られていた

 スンスンが過ごした庭へ案内してもらう。上坂家のスンスン邸は、衣装ケースの引き出しを改造した立派なマンション型で、他にも住人が住んでいた。

 上坂さんは家猫の他に数匹の外猫の面倒もみている。庭にはそこはかとない活気があり、スンスンがうちとはまた違った優しさに守られていたと知った。

座っている猫
人の気配がすると小屋から出てきた

 「よかったら私に火葬させてください。家の中に猫がいたから、一度も家にあげられなかった。せめてお骨になってからでも一緒に過ごしたい。いずれお返しするから」。もちろんそうしてください、とお礼を言う。

 もしうちで死んでいたら、火葬はせずに庭のすみに埋めていたかもしれない。スンスンの亡きがらを囲んでひとしきり思い出話をするうちに、夜も更けてきた。

庭でくつろぐ猫
早起きスンスン

 帰り支度をして最後に背中をそっとなでると、突き上げるように悲しみがやってきた。「スンスン、ありがとうね」本当にお別れだ。

 帰宅して、スンスンの小屋を片付けた。

数日前にあったこと

 そう言えば数日前に変わったことがあった、と夫が言う。

 スンスンは出かける夫をいつも庭から見送ったが、その日は珍しく後をついて門を出た。角を曲がっても家へ引き返す様子はない。夫が植木の陰に隠れると、その場で歩みを止めてしまう。

道ばたを歩く猫
スンスンの散歩道

 大通りまでついて来るとさすがに心配になり、危ないからと抱きかかえて庭へ連れ戻した。夫がスンスンに会ったのはそれが最後だった。

夫と受け取りに

 ひと月ほどして上坂さんからお骨を渡したいと連絡があり、夫と一緒に受け取りにいく。

 猫の骨つぼを見るのは初めてだった。きれいな金糸の布に包まれて、つぼの中をのぞくといろんな形の骨が入っていた。

台の上に座る猫
がっしりした前脚

 庭には小さな畑があり、夫は毎年のように野菜の種を継いでいる。そこにスンスンの骨を埋めることにした。

 土になじんで畑の一部になれば、種が繋がれて行くことでスンスンは永遠の命になる。夫の提案がうれしかった。

どんな一生であっても

 わずか9カ月のつきあいだった。スンスンには自由のすがすがしさがあった。いつでもゆったりとして、長く生きている猫だけがもつ風格があった。

ゆっくりと歩く

 あのまま手術を受けさせていたら、鼻が詰まって死んだかもしれない。無事に手術を終えて、穏やかな家猫の暮らしがあったかもしれない。手術をせずに、まだうちの庭にいたかもしれない。

 猫とって何が幸せかなんて、人間には永遠にわからない。どのようであってもそれがスンスンの生だったと思う。

【前の回】庭猫「スンスン」去勢手術のため赤ヒゲ先生の元へ だけど万が一を考え延期することに
【次の回】ひざの上で頼りなく震える小さな子猫「ピーヤ」 無事に育ってくれるだろうか

安彦幸枝
写真家。泊昭雄氏に師事。著書に、庭に来る白猫アフとサブが主人公の物語「庭猫」(パイインターナショナル)、「荒汐部屋のすもうねこ」(平凡社)「どこへ行っても犬と猫」(KADOKAWA)「安彦家の窓辺の猫 カレンダー2020」ほか。猫以外には旅と食を得意とし、機内誌や旅雑誌、ガイドブックや書籍などの媒体を中心に活躍中。

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この連載について
家猫庭猫
 写真家の安彦幸枝さんが、一緒にすごした合わせて5匹の家猫と庭猫の物語をつづります。
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