庭猫「スンスン」去勢手術のため赤ヒゲ先生の元へ だけど万が一を考え延期することに
日曜日。パトロールへ出かけるスンスンを夫と二人でつけてみた。
歩き慣れた道
すぐに気づかれてしまったが、スンスンは気にせずに歩き慣れた道をゆっくりと進んでいく。ぐいっと腕まくりしたような左脚の柄が愛らしい。
細い道を何度か曲がると、上坂さんの家のまえにたどり着いた。猫にとってはちょっとした距離だ。「いつもスンスンがお世話になっています」心のなかでお礼を言う。
はす向かいにある駄菓子屋の入り口で、スンスンはひと休みとばかりに寝転んだ。駄菓子屋のおじいさんは「よお、タロー」とスンスンに声をかけた。
以前は喧嘩が強くてこの辺りのボスだったとのこと。「〇〇さんちで餌をもらってたみたいだけど、ご主人は入院しちゃったからさ」。ホワイトハウスのおじさんの言った通りだ。
穏やかに暮らしてほしいけど
スンスンの体調はだいぶ良くなった。出会ったころに比べて体重も増え、ふっくらとしてきた。区から不妊手術の補助金が下りたと通知が届いて、考えていた新しい飼い主探しを始めることにした。
猫エイズキャリアの引き取り手を見つけるのは難しい。近所の保護猫団体に問い合わせると、手術をしてこれまでと同じ場所へ戻し、地域猫として見守る方法もあると教わる。
去勢をすれば喧嘩に弱くなり、老いて体力が落ちれば毎日のパトロールもつらくなるだろう。これからは家のなかで穏やかに暮らしてほしいが、自由気ままに生きてきたスンスンに手術を受けさせることは気が重い。
2体のスフィンクスのように
ある日、いつものようにくまを2階に閉じ込めて、スンスンを居間へ入れていた。
台所から戻ると、スンスンの姿が見えない。まさか、と2階へ上がると寝室のドアが少し開いている。慌てて部屋へ入ると、スンスンとくまはベッドの上に並んで座っていた。
2体のスフィンクスのように同じく香箱を組んでいる。平和なムードではあったが、刺激しないようにくまの頭をなでてから、スンスンを抱えてそっと一階へ連れ戻した。
くまは気が強い。ぶーちゃんやおいどんなど、庭を通り過ぎる猫たちには必ず威嚇をするが、スンスンだけは別だった。2匹のあいだには、きっと人間にはわからない何かがあるのだ。もし引き取り先が見つからなければ、このままくまと同居できるだろうか。
朝になり病院へ
近所で開業している「赤ヒゲ先生」を友人が紹介してくれた。保護猫の手術を通常よりも安く引き受けてくれるらしい。電話をして翌朝の最初の枠を予約する。
前夜は食事を抜かなければならない。段ボールに砂を入れたトイレと水を用意して、スンスンを玄関に閉じ込めた。
夜のあいだじゅう、ごそごそとドアを開けようとする音がしていた。自由に暮らすスンスンにとって閉ざされた空間は恐怖でしかなかっただろう。
やっと朝になり病院へ連れていく。スンスンの鼻炎を診た先生は、「手術は全身麻酔をする。途中で心臓が弱れば呼吸も静かになる。そのとき鼻が詰まっていると息ができずに、命取りになる場合もあるけど、それでもいい?」と念を押した。
万が一を考えて怖くなり、この日の手術はやめて出直すことにする。帰宅するなり庭に放して缶詰を開けると、よほどの空腹に「ズミズミ」と鼻を鳴らして食らいついた。
当たり前のように庭へ
ひと心地ついたスンスンはしばらく庭でくつろいでから、ゆっくりとどこかへ出かけていった。ごはん抜きのうえにひと晩のあいだ閉じ込めて、まったくかわいそうなことをしてしまった。
鼻炎がもう少し良くならないと手術は難しい。補助金の窓口へ連絡をして延期したい事情を伝え、ひとまず今回の枠を辞退することにした。
そんなことがあっても、スンスンは変わらず庭へ通ってきた。たまに帰宅途中に一緒になることもある。
前方を歩くスンスンに後ろから声をかけると、ゆっくりと振り向いて口をニャアの形にして返事をするが、まだ声は出ない。家まで一緒に歩いて門扉を開けると、当たり前のように庭へするっと入るのがおかしかった。
【前の回】庭に通ってくる猫、飼っている人はいるの? 首輪に手紙をつけて尋ねると連絡が来た
【次の回】庭猫「スンスン」あまりに突然の別れ 最後にそっとなでると悲しみがこみ上げた
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