愛犬「ネネ」が教えてくれた亡き父との散歩道 書店の前でお座り

亡くなるひと月ほど前の写真。友人のカメラマンさんが撮影してくれました。黒い毛も白いものが混じって、だいぶんおばあちゃんになりましたが、老犬って、どうしてこんなに可愛いんでしょうね
亡くなるひと月ほど前の写真。友人のカメラマンさんが撮影してくれました。黒い毛も白いものが混じって、だいぶんおばあちゃんになりましたが、老犬って、どうしてこんなに可愛いんでしょうね

 今回はちょっと番外編。犬のネネちゃん(黒柴系雑種・メス)の思い出です。私史上、唯一の犬だったネネ。ちょっとお馬鹿さんで可愛い、大事な家族でした。

(末尾に写真特集があります)

お父さん子だったネネ

 ネネは、名古屋郊外の、我が実家の菩提寺からやってきた子でした。

 脳梗塞で倒れ、リハビリにいそしんでいた父の元気を取り戻してくれた、我が家の救世主。父の可愛がりようと来たら、私の名前と犬の名前をうっかり呼び間違えた揚げ句、気が付かないほど。私は「ネネちゃん」と呼びかけられるたびに「ワン!」と返事をしたものです。

 そんな父は、静岡県内で交通事故に遭い、入院。意識が戻らぬまま、8カ月頑張ったのちに他界しました。

 その8カ月の間、私たち夫婦は東京・静岡(父の入院先)・名古屋(実家)を数日周期で行ったり来たりの生活でしたが、ネネのお世話は、もっぱら、犬の飼育経験のある夫の担当になりました。

 名古屋の家に滞在中のお散歩コースは、ネネまかせでした。徒歩圏内に広い緑地のある公園があるので、おそらくはそこが散歩ルートだろうとは思ってはいたものの、父とネネがどんなコースをたどっていたのか、私たちは知りません。しかし何の心配もいらないことが、初めての散歩でわかりました。リードをつけて玄関を開けると、彼女は先頭に立ってずんずん歩き出したのです。

我が家に来たころのネネ。子牛のような丸い鼻先だったのに、成長するにつれてどんどんシャープな顔立ちになっていきました
我が家に来たころのネネ。子牛のような丸い鼻先だったのに、成長するにつれてどんどんシャープな顔立ちになっていきました

 予想通り、公園へと向かう道をまっすぐ進みます。途中に書店があるのですが、そこまで行くとネネはぴたっと足を止めます。

「……?ネネ、どうしたの?」

 きちんとお座りしたネネが、不思議そうな顔でこちらを見上げています。書店からおばさんが出てきました。

「あら!ネネちゃんじゃないの。お父さんはどうしたの?」

 私たち夫婦はおばさんに初めましてのごあいさつをし、事情を説明。おばさんはみるみる涙を浮かべて、父の容体を気遣ってくださいました。そして、父がいつもそこで雑誌の立ち読みをし、おばさんと雑談をしては何かしら買い物をしていたことを教えてくれました。

 公園に足を踏み入れるといろんな人(犬連れ)が「あれ、ネネちゃん?」「お父さんは?」と声をかけてくれます。そのたびにわけを話し、ごあいさつをし、元気だったころの父の様子を聞くことができました。

 両親の犬友達だったという近所の女性もいました。彼女と話しながら歩いていると、またもやネネが、今度は自動販売機の前でお座り。すると、女性は噴き出しました。

「まあネネちゃん、よう覚えてるね。そうよね。お父さん、ここでコーヒー買うのが日課だったもんね」

名古屋の公園にて。まだ父が元気だったころの写真です。見た目はキリッとしていますが、雨の日にレインコートを着せるとオシッコできなくなっちゃうぐらいのヘタレちゃんでした
名古屋の公園にて。まだ父が元気だったころの写真です。見た目はキリッとしていますが、雨の日にレインコートを着せるとオシッコできなくなっちゃうぐらいのヘタレちゃんでした

 父が大のコーヒー好きだったことを、私も思い出しました。飲みたかったわけでもないけれど、小銭を入れます。ずらりと並んだボタンの前で考えていると、その女性が遠慮がちにひとつのボタンを押しました。

 がたん、と落ちてきたのは、冷たいカフェオレでした。

ボールを捨てに行く犬

 当時の東京の家の近くにも、広いドッグランがありました。最初はアジリティー(一本橋とか輪くぐりなどの遊具)で遊ばせようとしたのですが、そもそもネネはそんな遊具を知りません。人間がくぐったり登ったりして見せるものの、結局はよけて歩く始末(笑)

 では、と持参したボールで遊ぶのですが、これが続かないのです。

 ノーリードOKの広場で、ぽーん、と投げて「とっておいで!」。ワンワン!と元気に追いかけて、くわえて戻ってきます。2度目。3度目…しかし。

 4度目。勢いよく追いかけて行ったネネは落ちているボールをくわえ…Uターンせずに、まっすぐどこまでも走っていきます。

「ネネ!? どこ行くの?こっちだよ!!」

名古屋の家で。ネネは不思議な子で、突然、謎の断食が始まってシェイプアップしたかと思えばリバウンドして太る、を繰り返しました。病院へ連れて行っても異常なし。この写真は太っていた時期のもの
名古屋の家で。ネネは不思議な子で、突然、謎の断食が始まってシェイプアップしたかと思えばリバウンドして太る、を繰り返しました。病院へ連れて行っても異常なし。この写真は太っていた時期のもの

 ずんずんと遠くまで走り、植え込みの陰に隠れてしまいました。さあどうしよう?どこ行った? と焦ったのもつかの間。黒い塊がこっちへ向かって駆けてきます。ハッハッと息を弾ませながら、足元まで来てちゃんとお座り。でも、ボールがありません。

「どこへやったの?ボール!」

 結局探しに行く羽目に。そして見つけたボールをもう一度放ると…。また拾いに行って、どこかへ捨てに行きます。

「だめだ…ボール遊び、嫌いなのかな」

「でも、嫌いだったら追いかけないと思わない?」

 うーん。とネネの目をのぞいていた夫がひざを打ちました。

「わかった!『こんなものがあるから、私が走らされるんだ、捨てて来よう!』って。きっとそうなんだ!」

 そんなバカな…とは思うものの、満面の笑みで尻尾を振っているネネを見ていると、まんざらハズレでもなさそうな気がしたものです。

ニオイよりも見た目が9割?

 夫にもよくなついたネネでしたが、それでも散歩中、父と背格好の似た初老の男性を見かけると、何度も何度も振り向いては悲しそうな、不思議そうな目をこちらに向けてきました。

「ネネ、あれはお父さんじゃないよ。お父さんは今病院なんだよ」

 そのたびに、夫はネネを抱いてはなだめていました。

 それから数年。父も他界し、ネネはすっかり我が家の一員に。そんなある日。夫が仕事で出張中で、私が散歩に連れてゆきました。土手沿いの道を歩いていると、遠くに頭のハゲたおじいさんが…

「ワン!」

 ネネはうれしそうに駆け寄ろうとします。私はあわててリードを握りしめます。

「ネネ!違うってば!確かにハゲてらっしゃるけど!あれ、おじいさんだから!」

 そう。夫はスキンヘッドなのです(笑)

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浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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この連載について
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猫と暮らし始めて、気が付けば40年! 保護猫ばかり6匹と暮らすライターの、まさに「カオス」な日々。猫たちとの思い出などをご紹介します!
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