鐘つき堂で生まれた子犬「ネネ」 リハビリ中の父に笑顔をくれた

家に来たばかりのころのネネちゃん。マロの眉毛が可愛くて、母は「子牛みたいね」(褒めてます!)
家に来たばかりのころのネネちゃん。マロの眉毛が可愛くて、母は「子牛みたいね」(褒めてます!)

 20年以上前のこと。結婚に失敗し、愛猫のクリスとココを連れて離婚した私。しかし、同じタイミングで両親は名古屋へ転居。猫のアーサーとともに東京を離れてしまいました。

(末尾に写真特集があります)

王者アーサー、新入りを受け入れる 

「お父さんが入院したの」

 一人暮らしを始めて半年。いつも固定電話の留守電にメッセージを残すだけの母が、珍しく携帯にかけてきました。

 心不全でした。命はとりとめましたが、どの程度後遺症が残るかもわからない。気丈だった母もすっかり参っていました。なるべく早くそっちへ行くから、と約束して電話を切りました。

 新築の実家の王様は、なんといってもアーサーでした。クリスとココを詰め込んだケージをかかえて到着した私を、堂々とした振る舞いで歓迎してくれました。ケージから出されてきょろきょろする新入りども(クリスとココ)をゆったりと見つめます。

 いきなり「シャー!」なんていわない代わりに、人間の私にもわかるぐらい、近づきがたい威厳のオーラを発していました。クリスたちにもそれは伝わったようで、どこか遠慮がちに振る舞っています。

 新入り2匹はひとしきり家の探検が終わったら、マイペースなココはさっさとソファで香箱を組みます。平和主義のクリスは、アーサーの前でゴロンとおなかを見せて、早々に降参のサインです。

名古屋へ移ったころのクリス(右)とココ(左)。新しい環境にもすぐに慣れ、いち早く居心地のよいソファを占拠
名古屋へ移ったころのクリス(右)とココ(左)。新しい環境にもすぐに慣れ、いち早く居心地のよいソファを占拠

 幸い、父は意識もしっかりしていました。まひが残ったものの、あとはリハビリ次第。これから先をどうするか、親子で話し合いました。

 東京でフリーライターとして軌道にのったばかり。今名古屋へ移るのは…というのは正直なところでしたが、父の健康には代えられません。取引先に事情を説明し、私も名古屋へ移ることになったのです。

お寺の鐘つき堂で生まれた子犬

 10日ほど入院して、父は家に帰ってきました。母の個室だったところを急きょ私の部屋にして、父の介護とリハビリを手伝うことになりました。

 まだ足腰はふわふわしていますが、立つ、歩くなどの日常生活はほぼ復活。お医者さんからは「なるべく運動すること」「血圧を下げること」を厳命されました。

 しかし、突然運動しなさいと言われたところで、これまでの彼の人生にはその習慣がありません。そこで私が思い出したのが「一戸建てに引っ越したら犬を飼いたい」と話していたことでした。ずっとマンション暮らしだった両親。ペット可とはいえ、猫が限界でした。共働きで散歩が不自由だったという事情もありました。

「いつかミニチュアダックスを飼いたいわ」

 母はよくそう話していました。犬がいれば、父は散歩に行くにちがいない。そう思ったのです。

 そんなある日。名古屋郊外にある、母方の檀那寺を訪ねたときのこと。父が退院し私が名古屋へ越してきたと聞いて、ご住職も奥様もそれは喜んでくださいました。そこでふと「父のためにも犬を飼おうと思うんです…」と口にしたのです。ミニチュアダックスを…と続けようとした瞬間。

「あら!ちょうどよかったわ。鐘つき堂のところで野良犬が子どもを産んだの。譲渡先を探そうと思っとったところなのよ!」と奥様。

 あ…いえ。ミニチュアダックスをですね…。

「今連れてくるわ!待っとってね!」

 母と顔を見合わせてどうしたものかと思っていると、わさわさと子犬が3匹入った段ボール箱を抱えて戻ってこられました。

私には人生初の犬。誰にでもじゃれつく人懐こさはいいけれど、お手やお座りは一向に身につかず…
私には人生初の犬。誰にでもじゃれつく人懐こさはいいけれど、お手やお座りは一向に身につかず…

「きゃーっ!かわいいっ!」

 そんなもん、子犬を見せられたらもうおしまいです。ミニチュアダックスの夢なぞ、吹き飛んでしまいました。

「年寄りがリハビリ方々飼うんだで、おとなしい子がいいわね」。母もいつの間にか名古屋弁のネイティブスピーカーです。

 こうして我が家へやってきたのが、黒柴系の雑種の女の子、ネネちゃんでした。ネネという名前は私がつけました。アルファベットの法則は無視して、名古屋が誇る才女、太閤秀吉の奥方「ねね」にあやかったのです。

甘えん坊の子犬に父は救われた

 ネネを連れ帰ったときの猫たちと言ったら!

 まずアーサーです。クリスたちを迎えたときの威厳はどこへ?尻尾を太くして、逃げ回ります。ネネがよちよちと寄ってくると「シャーッ!」。威嚇はしますが、相手が子どもだとわかるのか、手出しはしません。

 クリスとココは最初から好奇心全開。そっとそば寄って匂いを嗅いでいます。特にクリスは、ネネとよく遊び、一緒に丸くなって眠るようになりました。

アメリカンショートヘアのクリスとは特に仲良し。猫と一緒に育ったせいか、行動が猫っぽかったネネ
アメリカンショートヘアのクリスとは特に仲良し。猫と一緒に育ったせいか、行動が猫っぽかったネネ

 当初、ネネは庭先で飼うつもりで犬小屋まで用意していました。が、小屋に入れて私たちが家に入った途端、あきらかに近所迷惑になるレベルで鳴き叫びます。心を鬼にして慣れるまでがまん…と言おうとしたら、父が10分もしないうちに「かわいそうだ!」と抗議。結局、室内飼いをすることになりました(25年以上前のことですから、まだ室外飼育が多かった時代です)。

 思った通り、父はネネに夢中になりました。もともと猫よりは犬派だったようで、毎朝毎夕、散歩は欠かしません。子犬のころはネネのほうがくたびれて、帰ってくるとばたんきゅー。よく食べ、よく遊び、しかしお座り以外はまったく覚えてくれないというおバカさんぶり。気が優しくて臆病で、何かあるとすぐゴロン!(降参)

「ネネちゃんのおかげで友達ができたよ」

 いつも行く公園で、同じタイミングで散歩に来る人たちと仲良くなったようです。

 アリスちゃん(ラブラドールレトリーバー)のお母さん、タンゴちゃん(ニューファンドランド犬)のお父さん。本名は知らないけれど、ペット同士のつながりで孤独だった父に友人が増えたのです。

 ネネが来てくれたおかげで友達が増え、父に笑顔が戻りました。ネネには感謝してもしきれない。今でもそう思っています。

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浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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この連載について
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猫と暮らし始めて、気が付けば40年! 保護猫ばかり6匹と暮らすライターの、まさに「カオス」な日々。猫たちとの思い出などをご紹介します!
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