猫6匹のわが家、なぜこんな数に? きっかけは私の親の死だった

最初の結婚(!)をしたとき、私が迎えたアメリカンショートヘアの2匹。なんとなく身体の大きさで兄と妹、ということに。
最初の結婚(!)をしたとき、私が迎えたアメリカンショートヘアの2匹。なんとなく身体の大きさで兄と妹、ということに。

 これまで、現在の我が家の長男「梵天丸」のお話をしてきました。今、我が家には梵を頭に6匹の猫がいます。どうしてこんな数になったのか…。多頭飼育のそもそもの始まりは、2000年。それには理由がありました。私の「親の死」です。

(末尾に写真特集があります)

両親が高速道路で事故

 私は一人っ子です。なので、おぼろげながら先々のこと……親の介護とか、見送りとか……についても考えてはいました。

 わがままに生きてきたので、結婚と離婚を繰り返し、全国あちこちで暮らしました。その間に親は仕事を引退して、生まれ育った名古屋に家を建て、隠居生活に。

 特に母は、非常に気丈な人でした。「娘の世話にならないこと」「負担をかけたくない」が口癖でした。

・歩けなくなる日が来るから、と、何ともないうちから「マイ車椅子」を購入。
・名古屋に建てた家にはホームエレベーターを。
・骨粗しょう症が怖いから、毎日ヨーグルト。そしてスポーツジムで水泳。
 そんな元気な両親でした。

 やがて私は2000年に3度目の結婚。仕事の都合でひとり暮らししていた関西から東京へ戻りました。その時の私の猫は独立してから飼い始めたアメリカンショートヘアが2匹、クリスとココの兄妹でした。

 2月の結婚と同時に編集・制作プロダクションを立ち上げ、いきなり多忙な日々。ゴールデンウィークになってようやく仕事が落ち着いたので、名古屋の両親を呼びました。

 その時、親の家には

・私が大学時代から飼っていた、アビシニアンのアーサー
・檀家寺から譲っていただいた、黒柴系のネネちゃん(犬)
・後になってから偶然迎えた、アビシニアンのディーナ
の3匹がいました。

 4日も家を空けるし、私もマンション住まいでしたから犬猫は連れていけません。そこでご近所の方に世話を託して、両親だけ東京へやってきました。

 結婚し、私を生み育て、働いた東京。人生の半分以上をここで暮らした両親です。懐かしい場所を訪ね、友人を訪ねて休日を過ごしました。そしていよいよ名古屋へ帰る日。

 東名高速道路の牧之原サービスエリア(静岡県)を過ぎたあたりで原因不明の単独事故を起こしたのです。

 事故の翌朝、母が他界。

 父は別の病棟で、頭がい骨骨折、前頭葉損傷で昏睡状態のまま。

 突然のことに真っ白になりました。それでも母の葬儀に父の手術…と、ぼんやりしている暇はありません。まず、名古屋の親の家に、母の亡きがらを搬送しました。

亡き母と対面、対照的な愛猫2匹

 無言の母を連れて名古屋へ帰宅。仏間のある3階まではホームエレベーターを使うしかありません。なんだかバカみたいですけど、担架に乗せたまま、母を斜めに立てました。人の亡きがらを立たせてエレベーターに乗せる、激しい違和感。

「こんなことのために取り付けたんじゃないのに…」という思い。

 悔しいやら笑えるやら。

 夫は東京のマンションに残してきた猫たちを迎えに、とんぼ返りしてゆきました。事故の一報から一睡もせず、運転し通しです。心配でしたが猫たちも心配ですから仕方がありません。

 仏壇の前に布団を敷いて、母を寝かせました。やがて近所の方々も帰り、家には私と母だけになりました。

 母の隣に座り込んで、ひとり、ただただ涙を流しました。母の手をさすり、腕をさすり、足をさすりました。そしてふと視線を感じて目をあげると、すぐそばの戸棚の上から、アビシニアンのアーサーがじっ、と私たちを見下ろしていました。アーサーは私が20歳のときに飼い始めた、弟のような存在です。

「アーサー、おいで。母さん、帰って来たよ。母さん、死んじゃったよ…」

 最後は声になりませんでした。アーサーは戸棚の上から動きません。あんなに大好きだったお母さんなのに?どうして?

 私はあの時のアーサーの目が忘れられません。反射することを忘れたような、深い漆黒の瞳。いつもはきれいな緑色なのに…。そしてまばたきひとつせず、ただじっと、母の亡きがらをみつめています。なんだかそのままアーサーまでどこかへ行ってしまう気がして、私は恐怖を覚えました。

 対照的だったのは同じくアビシニアンの女の子、ディーナさんでした。つつつ…っと軽やかな足取りで母の枕元に近づきます。

この子が勝ち気娘、ディーナさん(本名:ダイアナ)。この子との出会いもドラマてんこ盛りでした!
この子が勝ち気娘、ディーナさん(本名:ダイアナ)。この子との出会いもドラマてんこ盛りでした!

「ディーちゃん、わかる?お母さんだよ」

 母にあいさつさせようと、顔のそばまで近づけます…すると…

「なっ!」

 短く声を上げたかと思うと、いきなり母の鼻に猫パンチ!

「ちょっ、ディーナ、何するの!」

 どうやら、鼻に詰めてあった白い脱脂綿が気になったらしいのです。

 ディーナは勝ち気で、わがままで、やんちゃな女の子。らしいといえば、らしい反応です。母もきっと笑っていることでしょう。

「あはははは…!」

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、私も笑い続けました。

3日間飲まず食わず 母を悼んだ猫「アーサー」

 のんびり泣いていられたのも、その時だけでした。母の葬儀、父の手術。静岡と名古屋を行ったり来たり。

 東京から連れて来た私のアメリカンショートヘア2匹は新しい環境にきょろきょろしていますが、何しろ連日どたばたと人が出入りするので、名古屋の犬猫とケンカする余裕すらありません。

 一通り落ち着いて一息ついて、ふと気が付きました。アーサーがいません。

 完全室内飼育だし、人の出入りの時に動物が出ないよう細心の注意を払っていたので脱走もあり得ません。そういえば、いつもの場所にご飯の皿はあるけれど、少しも減っていません。

20歳で他界するまで、私の大切な弟だったアーサー。20歳から40歳まで人生を共にしてくれた相棒です。
20歳で他界するまで、私の大切な弟だったアーサー。20歳から40歳まで人生を共にしてくれた相棒です。

「アーサー?」

 声をかけて探しまわると、いました。母のウォークインクローゼットの中にいたんです。母のにおいのするコートやワンピース…それにくるまって、飲まず食わずの3日間。

「あーうぅ…」

 低く一声鳴いて、げっそり痩せて、ひょろひょろと出て来ました。

「アーサー!」

 母がいつも着ていた、デニムのワンピースが毛だらけになっていました。きっとこれにくるまって、母の葬儀が終わるまでじっと、母を悼んでいてくれたのでしょう。

「母さん、いなくなちゃった…。アーサー、どうしよう」

 私はただ、アーサーを抱きしめて涙にくれました。アーサーのざらざらの舌が、涙をなめてくれました。

 何とも暗い話ですみません。

 こんないきさつで、アビシニアン2匹、柴犬系雑種犬1匹、アメリカンショートヘア2匹、合計5匹の多頭飼育生活が始まりました。この当時のメンバーは、アーサー、ディーナ、クリス、ココ、ネネ。

 時系列がちょっと飛びますが、次回からは、過去から今日に至るまでの猫たちの変遷をご紹介します。

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浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。
この特集について
毎日が猫曜日
猫と暮らし始めて、気が付けば40年! 保護猫ばかり6匹と暮らすライターの、まさに「カオス」な日々。猫たちとの思い出などをご紹介します!
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