仲良しの猫「クリス」と犬「ネネ」 まさか同じ日に逝くなんて

クリスの横顔。本当に優しい子だったなあ…とこのまなざしを見ると思い出します
クリスの横顔。本当に優しい子だったなあ…とこのまなざしを見ると思い出します

 猫を擬人化するつもりはなくても、ついつい、勝手なセリフをあててしまう。気持ち悪いと言われようと、飼い主あるあるだと思うのです。

(末尾に写真特集があります)

のっそり猫、でもキス拒否は速攻!

 私たち夫婦の間で、クリスはなぜかいつも関西弁でした。どことなくクリスのおっとりとしたキャラには、柔らかい関西弁がよく似合う気がしていたのです。

 クリスはけた外れな甘えん坊。いつだって人や仲間にくっついていたいのです。それでいて、こちらが抱っこしようとすると、ぐねぐねと体をよじって逃げ出します(だいたいの猫がそうだと思いますが)。

 特に夫には厳しくて、のどや後頭部をなでてあげるとゴロゴロいうくせに、つかまえてキスしようとすると「ぴしゃっ!」と顔に前脚を突っ張って『断固拒否!』。

 その素早い事ったら、いつもののっそりした動きがウソのようです。それだけではありません。ものすごく嫌そうな顔をして目を半開き、耳を後ろに倒して「ふんっ!」と鼻息ひとつ。

 (チューはいらんって言うとろうが! 確かにクリスは可愛いけども、な? 考えてみ? おっさん同士やぞ?)

 当時クリスは8歳(人間なら40代後半)、当時の夫は40代前半。そう。おっさん同士なのです。

クリスといえば思い出すのが、こういうおとぼけ顔。特に寝起きの顔のお間抜けさったら、たまらない可愛さでした
クリスといえば思い出すのが、こういうおとぼけ顔。特に寝起きの顔のお間抜けさったら、たまらない可愛さでした

 夜寝るときにもこだわりがありました。まず絶対に、人間の腕枕がないとイヤ。こちらが腕を抜いて寝返りを打って背中を向けると…

 クリスは布団を出て、ひとつ身震いをし、ぐるっと顔の前まで回って、冷たい肉球で頬をぺちぺち。

 (入れたって。なあ。なあて。)

 どうしても腕枕がないとイヤなのです。しかも腕の中でイビキをかくのです。プープーとのんきな音に笑いをこらえるうちに、こちらも眠りに落ちる。そんな毎日でした。

帰宅すると厳しい外食チェック

 律儀なところもありました。人間が「ただいま」と帰宅すると、いそいそと玄関までお出迎えしてくれるのです。さっそく抱き上げると、盛大にのどをならしながら歓迎の鼻キス。

 ですが、実はそれが厳重な「外食チェック」でもあるのです。こちらが夜遅く、何か食べて帰ってきたら。しかもそれが回転寿司だったりした日には大変です。

 (クンクン……ん?)

いつものほほんとしているくせに、時折、考え深そうな(に見える?)表情をしたクリス
いつものほほんとしているくせに、時折、考え深そうな(に見える?)表情をしたクリス

 人の口元のにおいに気が付くと、まず瞬時にのどのゴロゴロが止まります。それからペロッと一度、自分の鼻の頭をなめてセンサーをリセット。

 改めて人間の口元をくんくんかいで、食べ物の匂いだと確信すると、とたんに機嫌が悪くなります。

 まず、抱かれている腕からぽん、と飛び降り、恨めしそうな顔でこちらを見上げます。慌ててごはんをあげても、口の中でぶつぶつ言いながら文句たらたらで食べる始末。

 (可愛いクリスが、お腹を空かせて待っとったというのに。お父ちゃんとお母ちゃんは、どこかでおいしいものを食べてきたと? ふぅん。そうですか)

 こうなったら、寝るまでになんとか機嫌を直してもらわないと大変です。寝ている間に顔を踏まれたり、突然足の間に丸くなられたりして寝返りを封じられたりするのです。

仲良しの2匹、一緒に旅立った

 数々のおとぼけエピソードを残してくれたクリス。いつも優しくて、犬のネネとも大の仲良しでした。

 そんなクリスも晩年は腎臓病を患いました。やがて妹のココがてんかんを起こすようになり、最終的にはクリスよりも先にココが旅立ちました。

 ココが息を引き取った瞬間から、クリスは笑わなくなりました。いつも寂しそうで、私たちが帰宅しても出迎えてもくれなくなりました。ただ、親友のネネと寄り添って、静かに暮らすようになったのです。そして、ココが亡くなった日から8カ月後のこと。

 いよいよクリスの容態が悪化していました。酸素ボックスをレンタルしないと酸欠になるほどに。ちょうどそんなころ、時を同じくして、ネネが脳疾患の発作に倒れました。2匹を連れて病院に通い、当時は勤め人だった私たちは交代で休みをとっては、そばにいるように努めました。

大事な妹、ココにいつも寄り添っていたクリス。晩年、ココが入院を繰り返した時は、帰宅するたびに玄関に出迎え、その夜は抱きしめて離しませんでした
大事な妹、ココにいつも寄り添っていたクリス。晩年、ココが入院を繰り返した時は、帰宅するたびに玄関に出迎え、その夜は抱きしめて離しませんでした

 そしてそんなある日。どうしても外せない仕事でふたり一緒に2時間ほど外出した間に、クリスは私たちを待つことなく、旅立ってしまいました。急いで帰宅してクリスの亡骸に対面したときのショックは、いまだに忘れられません。

 見送ってあげられなかったことが申し訳なくて、仕事なんてほったらかして一緒にいてあげるべきだったのに、と自分が情けなくて、胸が張り裂けそうでした。まだ温かいクリスを抱きしめ、声を上げて泣いていた、その時。

 隣で静かに涙を流していた夫が、「ちょっとだけ、クリスを置いてこっちへ来てくれ」というではありませんか。

 何だろう?

 クリスのすぐ横に毛布を敷き、ネネを寝かせていました。夫はネネのお腹をなでています。「どうしたの?」

 夫は肩を震わせながら、涙をぬぐおうともせず、ネネの体をなで続けています。

 「ネネも…もう、いくってよ…」

 それだけ言うと、あとはもう声になりませんでした。穏やかに見えたネネの寝息でしたが、その言葉から数分後には、呼吸が不規則になり始めました。経験があるのでわかります。亡くなる直前だということです。

 「ネネ…ありがとう。ありがとうね。大好きだよ」

大の仲良しだったクリスとネネ。まさか同じ日に一緒に旅立つなんて…どんだけ仲良しなの、あんたたち
大の仲良しだったクリスとネネ。まさか同じ日に一緒に旅立つなんて…どんだけ仲良しなの、あんたたち

 それだけ言うのが精いっぱいでした。クリスとネネ。仲良しの2匹。まさか同じタイミングで旅立つなんて。

 せめてネネは、最後まで体をなでつづけ、声をかけ続けて見送りました。クリスをネネのお腹に寄りそうように寝かせると、まるで元気だったころ、昼寝をしているときのまま。 

 翌日、仕事先に連絡を入れ、事情を話してお休みをもらいました。そう、どんなに忙しくたって、自分の代わりはいるのです。今まで何匹も動物と暮らしてきて、死に目に会えなかったのはクリスただ一匹。でもきっと、優しいネネが寂しくないように連れ添ってくれたのか、クリスが誘ったのか。

 「抱いていてあげられなくて、付き添ってあげられなくて、あの時はごめん」。私が向こうへ行ったら、ちゃんとクリスに謝ろうと思っています。

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浅野裕見子
フリーライター・編集者。大手情報出版社から専門雑誌副編集長などを経て、フリーランスに。インタビュー記事やノンフィクションを得意とする。子供のころからの大の猫好き。現在は保護猫ばかり6匹とヒト科の夫と暮らしている。AERAや週刊朝日、NyAERAなどに執筆中。

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この連載について
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猫と暮らし始めて、気が付けば40年! 保護猫ばかり6匹と暮らすライターの、まさに「カオス」な日々。猫たちとの思い出などをご紹介します!
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