家猫になって3年「ぽんた」初の脱走 嫌気?それとも出来心?(43)
ぽんたが慢性腎臓病と診断されて2年と6カ月が過ぎた。
私が「ミルク」と呼ぶ、シリンジで与えるリキッド状の療法食を、毎日一定量を飲めるようになったためか、動物病院で久しぶりに血液検査を行うと腎臓の数値はわずかに改善されていた。
といっても、前回、計測不能だったところから数字が出てきたというだけで、数値が高いことには変わりがない。体重は3.3kgに減ったままだった。
ぽんたの体調は安定していた。家の中ではよく動き回り、じゃらし棒を振ると、ときどき遊ぶようにもなった。天気のよい日はベランダに出たがり、ひだまりで毛づくろいをしたり、昼寝をする日も多くなった。
足元がふらつき、ぐったりしていた2カ月前に比べると、信じられない光景だ。
数値や体重が気にならないといえば噓になる。だが器械がはじき出した数字よりも、目の前のぽんたが満足そうに暮らしているかどうかが重要なことに、私は気がつきはじめた。
残暑がまだ厳しい、9月上旬のある日のことだった。
夕方の仕事帰り、最寄りの駅に着いた私は、帰りがけに何か買い物をする必要があるかどうかをたずねるため、自宅にいるツレアイに電話をした。すると、
「ぽんたが外に出ちゃって、いまバタバタしているから」
という声に続いて、電話は切れた。
私は一目散で自宅マンションに向かった。
マンションの隣にある空き家の前にツレアイがいた。空き家は石段の上にあり、ツレアイは門扉から首をのばし、裏庭をのぞきこんでいた。
下から声をかけると「上ってこなくていい」とツレアイは言う。
聞けばツレアイは、ベランダに面した部屋の窓を開けたまま、台所でコーヒーを淹れていた。今のぽんたに、まさか外に出るまでの元気はないだろうと油断していた。部屋に戻ると、ぽんたの姿が見えない。探し回っていると、ベランダの壁を越えて隣の塀の上に座り、こっちを見ているぽんたと目があった。あっと思ったと同時に、ぽんたはスタスタとその隣の空き家の塀を伝い、裏庭へ降りてしまった。
ツレアイは、慌ててマンションを出て、隣の空き家の玄関に回った。門扉ごしに裏庭を見ると、ぽんたが隅にうずくまっていた。
空き家の庭は草が生え放題だった。扉をよじ登って中に入れば、ぽんたを捕まえられそうだが、誰かに見られたら不審者と間違われるかもしれない。躊躇しているところへ私が帰ってきたのだった。
あれだけ私が「ベランダの窓を開けるときは慎重に」と言っていたのに、と苦々しく思った。とにかく早く捕まえないと、ぽんたが手の届かないところへ逃げてしまうかもしれない。焦っていると、「どうしたの」と、向かい家の、顔見知りの奥さんがちょうど出てきて声をかけてくれた。
家の猫が脱走し、この家の裏庭に入ってしまったことを伝えると、
「大丈夫よ、空き家だし、誰かが通りかかったら私が説明してあげるから」
その言葉に安心し、ツレアイは門扉を乗り越え、敷地内に入った。祈るような気持ちで階段を見上げながら待っていると、「なー」という鳴き声とともに、ダランと両脚を垂らした状態でツレアイに抱えられたぽんたが現れた。
裏庭でツレアイが近づくと、ぽんたはくるりと向きを変え、塀に飛び上る姿勢をとったので、急いで背中から両手でからだをつかんだそうだ。ぽんたは「うー」とうなりながら脚をバタつかせ、多少抵抗したものの、かみ付いたりすることはなく、すぐに落ち着いたという。
階段を下りてくるぽんたは、「楽しくやっていたのに、外に出ちゃダメなんだってさ」とでもいいたそうな、いたずらっこのような表情をしていた。
野良猫だったところを保護して3年近く、これまで一度も家から出ようとしたことのなかったぽんたが、なぜ、今になって脱走を試みたのだろうか。
「ミルクを強制的に飲ませられるのが嫌になったんじゃないの」と、自分の不注意を棚に上げて言うツレアイ。
動物病院の院長先生に話すと、「体重が減って身軽になったから、ちょっと散歩にでも出てみようかな、という出来心では」という見解。
その真偽はぽんたにしかわからない。しかし、逃げ出すほど元気があるということは、喜ばしいことだった。もちろん、無事に家に戻ったから言えることだが。
【前の回】猫「ぽんた」に療法食を嫌がられ落ち込む でもあきらめはしない(42)
【次の回】深夜に起き出した猫「ぽんた」 網戸ごしに「侵入者」と向き合う(44)
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