猫「ぽんた」に療法食を嫌がられ落ち込む でもあきらめはしない(42)

 慢性腎臓病が悪化して以来、ドライフードもウェットフードも家で受け付けなくなったぽんた。頼みの綱は、私が「ミルク」と呼ぶ、シリンジで与えるリキッド状の療法食のみだった。

(末尾に写真特集があります)

 この療法食に切り替えたとき、ぽんたの体調はかなり悪かった。そのせいか、素直に与えられるまま、クリーム色のどろっとした液体を飲んでくれた。しかしその後、体調が回復し、自由に動き回れるようになると、抵抗するようになった。

 シリンジを顔に近づけると「うー」とうなり出し、顔をぶんぶんと左右に振る。その頭を押さえて、口の端からミルクを注入すると、右前脚でシリンジを振り払おうとする。

 ぽんたの反撃を避けて、うまく口の中にミルクを垂らすことに成功する場合もある。しかし失敗すると、シリンジから勢いよく出た液体が、床や壁、ぽんたの体に飛び散る。この繰り返しだった。

「診察室の窓は外を眺めるのにちょうどいいけど、禁煙なんだよな」(小林写函撮影)
「診察室の窓は外を眺めるのにちょうどいいけど、禁煙なんだよな」(小林写函撮影)

 給餌量は1日100mlを目標とした。実際は、その倍は与えないと必要なエネルギーは摂取できない。だが現実的に、液体200mlを家で飲ませることは難しいため、可能な範囲でと決めた量だ。

 容量10mlのシリンジ2本にミルクを充填し、それを1セットとし、1日5回与える。

 この目標はなかなか達成できず、多い日で80ml、少ないときは60mlが限界だった。

 ペースト状のフードに比べればずっと楽に与えることができるし、病人への流動食や、赤ちゃんへの授乳だと思えば「無理やりの行為」という罪悪感も薄い。それでも、反撃されると落ち込むし、自分を責めたくもなる。

 動物病院では、相変わらず看護師さんにペースト状のフードを給餌してもらい、ぽんたは従順だった。それで私は、「家でミルクを与えると怒って抵抗するのですが、どうすればよいのでしょうか」と相談した。

 彼女は、ぽんたが吐き戻すことはないかとたずねた。それはなく、ミルクを口に入れれば飲み込んでいることを伝えた。すると、

 「それなら、頑張ってあげ続けるしかないですね!」と明るく言った。

 「私たちも、病院に入院して食事がとれない動物たちには給餌をします。嫌がったり攻撃してくるワンちゃんやネコちゃんもいる。それでも、吐き戻すなど体が拒否するのでなければ、給餌を続けます。命をつなぎ、元気になってもらうために」

「香箱組めないおばちゃんのタンスは、腕組みできない通勤電車だな」(小林写函撮影)
「香箱組めないおばちゃんのタンスは、腕組みできない通勤電車だな」(小林写函撮影)

 抵抗されると心は折れるけれど、やるしかないです、と笑う彼女を見て、私の心は軽くなった。

 それに、ぽんたは怒るだけで、噛み付いたりはしない。ペースト状のフードを給餌していたときのように、威嚇してくることもないのだ。

  そうしてインターネットで検索するうち、よさそうな給餌方法を見つけた。ポリプロピレン製のエリザベスカラーを、ぽんたの首に逆向きに装着して行うのだ。ちょうどカラーが胸の前でかたいエプロンをしたように固定され、前脚の自由が制限される。

 病院で購入したカラーをぽんたに装着。部屋の角に運び、壁にお尻を向けて座らせ、横にはマガジンラックを置く。こうすると三方が囲まれた状態になる。

 口にシリンジを近づけるとぽんたは「うー」とうなり、前脚でシリンジを蹴落とそうとするが、カラーにブロックされて未遂に終わる。首を振ろうとしても、動きが制限されて不服そうだ。

 しかしそのおかげで私は、強く頭を抑えたり、狙いを定めるようにする必要もなく、落ち着いて口の端にシリンジを差し込み、ミルクの注入ができる。

「おばちゃんまた目覚ましを止め忘れてる。ゆっくり寝てられないよ」(小林写函撮影)
「おばちゃんまた目覚ましを止め忘れてる。ゆっくり寝てられないよ」(小林写函撮影)

 状況が許さなくなるとぽんたは観念する性格らしい。再びおとなしくミルクを飲むようになったからだ。私の“授乳”のスキルも日々上達し、目標であった「1日100ml」が達成できる日も出てきた。

 小さなオレンジ色の犬猫のイラストが、ぐるっと描かれたエリザベスカラーを装着させられたぽんた。その歩きにくそうな姿は、かわいそうというよりどこか滑稽で、笑ってしまう。 

 ミルクの時間が終わりカラーをはずすと、ぽんたはパタパタと窓辺に走っていく。せいせいした、という様子でからだをなめたり、見晴台に登って外をながめる。

 高齢の猫だが、流動食だけで何年も元気に過ごしている例もあると、動物病院の院長先生はいつか話していた。

 ぽんたも、そんなふうにして、長く一緒にいてくれればと、私は願った。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】みるみる回復した腎臓病の猫「ぽんた」 運よく抗生剤が効いた(41)
【次の回】家猫になって3年「ぽんた」初の脱走 嫌気?それとも出来心?(43)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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