深夜に起き出した猫「ぽんた」 網戸ごしに「侵入者」と向き合う(44)

 ぽんたが初の脱走騒ぎを起こした頃、ぽんたの体調は安定していた。そのため動物病院での点滴治療は、週1〜2回に減らしていた。

(末尾に写真特集があります)

 見た目は元気そうでも数値は高いし、もっと頻繁に通院したほうがよいのかもしれない。難しいなら、自宅で皮下点滴を行う選択肢もあることは知っていた。

 でも、私はそれをするつもりはなかった。

 インターネット上には「慣れれば簡単にできる」と書いてある。でも、ぽんたに注射針を刺すのは怖い。病院での点滴中、相変わらず診察台の上で「抗議」を表明するぽんたを見ていると、とても素人の私にやれる自信はなかった。

 それに自宅では朝晩の投薬と、1日5回、リキッド状の療法食、“ミルク”の給餌を行っている。ぽんたは素直に従ってくれているが、歓迎しているはずはない。皮下点滴が加われば、さらにストレスは増すだろう。

 これ以上、ぽんたに負担をかけたくなかった。かけることで、嫌われたくはなかった。

「草食猫男子として、草の好みにはちょっとうるさいんだ」(小林写函撮影)
「草食猫男子として、草の好みにはちょっとうるさいんだ」(小林写函撮影)

 猫というのは、飽きずに窓外をながめる生き物だなあと思う。

 私の自宅はマンションの2階だが、見晴らしがよいとはいえない。南側には大きな一軒家が建ち、リビングの窓から見えるのは、大部分が隣家の壁だ。地形の関係で目線が1階と同じ高さになり、隣家の庭の花や樹木が借景として楽しめるところはよい。しかし裏側なので華やかさには欠けるし、開放感はなく、変化も乏しい。

 それでもぽんたは、毎日飽きずに外を見ている。木の葉が風に揺れたり、電線や軒先からスズメが羽ばたくと、ピクッと耳を動かし、顔を上げる。

 猫が窓外を眺める1番の理由は、縄張りの監視だそうだ。外との接点である窓は自分の縄張りとの境界線で、不審な侵入者が入ってこないかを見張っているという。窓から見える景色も、縄張りの一部らしい。

 隣家との間を仕切る塀の上は野良猫たちの通り道でもあった。決まった猫が毎日、何匹か行き来している。

 この猫たちが目に入ると、ぽんたは大騒ぎだ。窓に顔をくっつけるようにしならが「あっちへ行け」とばかり「あー、うー、ぐぅー」とわめく。

 この場合、騒いでいるのはいつもぽんたで、相手の猫は無表情でぽんたの顔を見ているだけ。「家猫なんて眼中にない」という様子でそっぽを向いて立ち去るか、ときには、隣家の裏庭の土をかき、ぽんたの目の前で平然と用を足したりする。

「あんたは病気なんだし、そんなに騒いだら体力消耗しちゃうでしょ。こっちは安全な家の中にいて、生活が侵されることはないんだし、悠然と構えてないと」

と私は、相手にされてないぽんたがなんだか不憫で、そう諭す。

「お腹が鳴ったよ。おばちゃんお腹すいているの?」(小林写函撮影)
「お腹が鳴ったよ。おばちゃんお腹すいているの?」(小林写函撮影)

 野良猫の中に、からだ全体が白く、ところどころに黒い模様のある猫がいた。顔が小さく、後ろ姿から判断したところメスらしい。マンションの隣人宅でご飯をもらっている様子で、隣のベランダの壁にのぼってひなたぼっこをする姿をときどき見かける。この猫を、私とツレアイは「ミー」と呼んでいた。

 ミーが通ったときだけは、ぽんたは威嚇はしない。「なー」とか「あー」とか声を発するが、何か用があって呼びかけているような鳴き方だ。「遊ぼう」と言っているようにも聞こえるが、人間の勝手な解釈だろう。

 夏の終わりのある夜、その日は仕事が立て込んでおり、深夜まで机に向かったあと、一眠りしようとベッドに入った。まどろんでいると、隣で寝ていたぽんたが立ち上がり、ベッドから降りで窓辺に向かう気配を感じた。

「猫形カメラバック」(小林写函撮影)
「猫形カメラバック」(小林写函撮影)

 起き上がって見ると、ストッパーをかけた網戸の向こうにミーがいた。隣家との間を仕切る塀から寝室のベランダの壁に飛び移り、侵入してきたのだ。

 ぽんたとミーは、網戸ごしに黙って向き合い、座っている。

 暗闇に浮き上がる真夜中の侵入者にギョッとしたが、ミーを追い払う気にはなれなかった。木がざわざわとそよぎ、涼しい夜風が室内に入ってくる。

 しばらくして私に気がついたミーは、踵を返し、闇へと消えていった。

 ぽんたの具合が再び悪くなったのは、そんなことがあってから約1週間後、慢性腎臓病と診断されてから2年と7カ月が過ぎ、秋の気配が感じられる頃だった。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】家猫になって3年「ぽんた」初の脱走 嫌気?それとも出来心?(43)
【次の回】療法食を受けつけなくなった猫「ぽんた」 体重は3キロを切った(45)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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