家での最初の夜 元野良猫「ぽんた」は取りつかれたように鳴いた(9)
ぽんたは、ひととおり家の中の探検を終えると、ツレアイの部屋のベッドの下にもぐりこんだ。
(末尾に写真特集があります)
ツレアイと私は、仕事の関係上生活のペースが異なるため、部屋は別にしている。写真の仕事をしているツレアイは、ライトを立てるためのスタンドや三脚などを入れた大きな布製のバッグをいくつかベッドの下に置いていた。ぽんたは、その上にうずくまった。
目をまん丸に開いてこっちを見ている。平らでもなく、ゴツゴツした場所で居心地が悪くないかと思ったが、動く気はないらしい。とりあえず気に入った場所をみつけたようなので放っておくことにした。私は台所で遅めの昼食をとり、仕事をするために自室でパソコンに向かった。
ときどきぽんたの様子を見に行くと、まん丸だった目は小さくなり、目を細めてトロンとした表情で香箱座りになり、やがて、頭を自分の前脚にのせて丸くなった。
夕方、「ぽんた、来た?どうしてる?」と興奮しながらツレアイが帰宅した。自室でぽんたを見つけると、「あー商売道具の上で寝てる。まあ、いいか」と苦笑いをした。
私たちが部屋を出て行こうとすると、ぽんたはベッドの下から出てきた。両前脚をぐーんと伸ばし、顔を上げて「なー」と鳴いた。よかったよかった、元気そうだね、と言って頭をなで、足にまとわりつくぽんたと一緒に台所へ移動し、ドライフードと水を入れた容器を床に置いた。すると、待ってました、とばかりの勢いで平らげ、水を飲んだ。その後、ぽんたは私の部屋のクローゼットの奥に引き込んだが、人間が食事をしたあとに再び現れると、一緒にリビングのソファの上で横になったり、居眠りをした。
さほど警戒することもなく、家に慣れたようでほっとした。しかし、ひとつ気になることがあった。
トイレだ。
「猫のトイレのしつけはそれほど難しくはありません。猫が床の匂いをかぎながらウロウロしたり、床をかくような仕草をしたら、オシッコのサイン。素早くトイレの中に入れれば、排泄するでしょう」ということが飼育書に書いてあった。確かに、日中、「サイン」を見せることはあった。だから指南どおり、用意していた猫用トイレの上に運んだのだが、すぐに出てしまった。あれはサインじゃなかったのかな、などと考えているうちに、気がつけば、夜も10時をまわっていた。
家に来てから、まだ一回もオシッコをしていない。
そのときだった。突然、何かに取りつかれたかのようにぽんたが鳴き始めた。
保護した直後、動物病院に連れて行くときに聞いた、犬の遠ぼえにも似た「ナオーン」だ。より力強く、何かの意思を感じさせる声。ぽんたはソファから飛び降りると、これまで見たことのない勢いで壁際のチェストに飛び乗り、外に向かって大きく鳴いた。そして台所、私の部屋、ツレアイの部屋と家中を走り回り、窓という窓に駆け寄っては後ろ脚で立ち上がり、前脚で窓をかくしぐさをした。鳴き声はどんどん大きくなり、やむ気配がない。これでは近所迷惑になると焦り、買っておいた猫用のおやつを与えてなだめようと試みた。食べているときはおとなしいが、食べ終わるとまた鳴き始める。
ツレアイは「猫は夜行性だし、家に来たばかりで興奮しているのだろうから、放っておくしかないよ」と言い、自室にこもってドアを閉めてしまった。彼は、今夜中に片付けるべき仕事がないので余裕だ。私は、寝る前に少し仕事を進めたかったが、それどころではない。ぽんたが行くところをついて回り、せっせとなでては「大丈夫だよー、ここは安全なところだから」と声をかけてみるが、通じる様子はない。
結局、ぽんたは夜通し鳴き続け、明け方にやっと私のクローゼットの奥にもぐり込んで眠りについた。やれやれとこちらも布団に入ろうとすると、掛け布団の隅がぬれている。顔を近づけると、驚くほど強いアンモニア臭がした。
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