黒猫、廃車の中に1カ月 窓の水滴だけで生き延び、救出される

 京都市内で廃車の中に閉じ込められていた黒猫が、通りかかったドイツ人男性により発見され、人々のネットワークによって救出された。猫は、窓ガラス内側の水滴だけをなめて、12月初めから1カ月間、寒さの中を生き延びていた。

(末尾に写真特集があります)

恩人たちとの再会

 126日の昼下がり。京都市上京区にある「ぜろの会」診療所を2人の男女が訪れた。

 ひとりは、京都大学でiPS細胞の研究を続けているドイツ人男性のファビアンさん。もうひとりは、市内で、「命の授業」や犬猫譲渡会などの活動を続けている「Pawer.」代表の大西結衣さんである。

 ファビアンさんは、待合室の長椅子の上でくつろいでいた黒猫を見るや相好を崩し、愛おしそうに手を差し伸べた。猫は、素直にその腕に抱かれた。

 猫の名は、マリちゃん。漆黒のしなやかな体を持つメス猫である。推定年齢が3~9歳であるのは、彼女の過去を誰も知らないからだ。

快復したマリちゃんを抱くファビアンさん
快復したマリちゃんを抱くファビアンさん

 あのとき、廃車に閉じ込められて衰弱死直前だったマリちゃんを発見してくれたのは、ファビアンさん。大西さんと、「ぜろの会」代表で動物看護師の根津さゆりさんが協力して、動こうとしない警察に懸命に掛け合って、救出してくれたのだ。

 この日、大西さんは、SNSを通じて集まった「マリちゃん支援金」を持参していた。治療や養育などのために使ってほしいと寄せられたものだ。

 救出に関わったみんなの笑顔の真ん中に、今、マリちゃんはいる。賢そうなマスカット色の瞳を輝かせて。

廃車の中、黒い猫が動いた!

 年が明けて間もない今年15日のこと。研究室とジム通いのため、日に4回は自転車で通る道を、ファビアンさんは帰宅中だった。

 元工場の前には廃車が2台置きっ放しになっている。サイドガラスにはスモークがかかっているので、通り過ぎたのでは車内は暗くて見えない。だが、その日はたまたま自転車を押して歩いていた。白い軽自動車のフロントガラスの中で、何かが動いた。

 黒い猫だ! やせた猫がガラスの内側を必死になめている。よほど喉が渇いているようだ。車の中は、ゴミ袋だらけだった。工場のシャッターはずっと閉まったままで、車の持ち主が住んでいるようにも思えない。

車内に閉じ込められていた時のマリちゃん(写真提供=Pawer.)
車内に閉じ込められていた時のマリちゃん(写真提供=Pawer.)

 猫は相当長いこと車に閉じ込められているはずだ。そう確信したファビアンさんは、日本の友人を伴って警察署に行き、状況を説明した。母国ドイツでは、こういった場合、消防署か警察に通報すれば、すぐさまレスキューに駆けつけてくれる。窓ガラスを割ることも躊躇しない。

猫は“物”ではない

 だが、警察署でも愛護センターでも、「人命がかかっているならいざ知らず、所有者に無断で車から出すことはできない」とたらい回しにされた。日本の法律では、こういう状況で猫を救出することは、所有者から物を盗むことになるという。

「人命ではないから、人の所有物だから、とする日本の警察や愛護センターの対応が信じられなかった」と、ファビアンさんは語る。実家には2匹の猫がおり、彼らの命は「物」ではないことをよく知っているからだ。

 ファビアンさんは、日本在住の外国人による動物保護団体「Japan Cat Network」に相談。そこから、市内で啓発活動をしている大西さんに連絡が入ったのは、発見して3日目の18日。現場を見た大西さんも、すぐに警察に救助を頼んだが、動いてはくれない。

動物看護師の根津さんに保護されて一安心
動物看護師の根津さんに保護されて一安心

 大西さんはSNS上で「猫を助けたい」と懸命に呼びかけながら、各方面に相談の電話をかけ続けた。

 京都市内で長年、不妊去勢手術をした猫に耳カットを施してきた「ぜろの会」の根津さんは、電話を受けた翌日の9日、診療所の昼休みに現場に駆けつけた。

「ぐったりしていて、つり上がったうつろな目をしていた。あと3日と見ました」

 根津さんは、すぐ110番通報をした。やってきた派出所の警官も今までと同じ対応である。だが、猫たちのために、もろもろの無理解や迫害に立ち向かってきた根津さんだ。「早くしないと死んでしまいます!」「私が引き取って治療しますから、すぐ持ち主と連絡をとってください」と譲らず、「所有者を探します」との返事を得た。

警察が動き出した

 それからの警察の対応は迅速だった。車は古くて未登録だったが、所有者の親族を探し出し、猫の所有放棄をしてもらい、車を開けてもらうことになった。

 車の所有者は老人で、125日に入院したとのこと。認知症もあって、猫のことは何も覚えていないという。

 車中で餌をやっていた形跡はない。車にゴミを放り込んだ時にでも、気づかぬうちに猫が入り込んでしまったのかもしれなかった。少なくとも老人が入院した125日には閉じ込められていたことになる。

 車の中に入ってきた根津さんを見て、猫は怒って車内を3周した。首根っこをつかんだ手に、脱水のひどさが伝わった。ネットに入れ、おとなしくなった猫を、診療所の診察台へ。

20日ぶりに恩人と再会して甘えるマリちゃん
20日ぶりに恩人と再会して甘えるマリちゃん

「背骨がゴツゴツ手に当たるほど、やせきっていました。食べていないので、出ていたのは尿だけ。その水分が蒸発して、夜の冷え込みで窓ガラスに結露し、とけた水滴をなめるという繰り返しだったのでしょう」

 ただ、幸いにも腎臓にも肝臓にも大きなダメージが見られず、流動の栄養食と皮下補液とで、回復を待った。保護してからようやくわかったことは、老人に3年前からご飯をもらっていた外猫らしく、地域のボランティアによって不妊手術をされたと思われる。猫は根津さんに「マリちゃん」という名をつけてもらった。

「どれほど寂しく心細かったのか、しがみついて膝から下りなくて、下ろそうとすると怒るんですよ」と、根津さんもマリちゃんが不憫でたまらない。

どこでも起こりうること

 この日、ファビアンさんが診療所を訪れたのは、「譲渡される前に、元気になったマリちゃんに一目会っておきたい」という思いからだった。

 元気も元気、マリちゃんは救出時の1.7キロの倍の3.4キロになっていた。毛並みも艶やか。表情も生き生きと動き回っている。

協力して保護したファビアンさん、根津さん、大西さん(左から)
協力して保護したファビアンさん、根津さん、大西さん(左から)

 不妊去勢手術のため、30年前から月末に神奈川県からこの診療所に通う山口武雄獣医師によると、「水があれば、かなりの期間生き延びる猫もいる。とはいえ、夏場だったら、半日と持たなかった。太った猫も食べないと数日で肝臓をやられてしまう。冬場でももう限界だったね」とのこと。

「こういった閉じ込め事案は、どこでも、誰の周りでも起こりうること。そうならないために、マリちゃんのことが広く知られてほしい」と、ファビアンさんは願っている。

 飼い主の入院や死による、猫の取り残され事案の多発を防ぐべく、大西さんも根津さんも、啓発の必要を強く感じている。

「一人暮らしの方が動物を飼う際には、年齢を問わず、後見人を立てること。もしもに備え、家に犬や猫のいることを知らせる情報カードを持ち歩くこと。地域社会で声を掛け合い、命を守るためのセーフティーネットを作っておくことも、大切ですね」と、大西さん。

「近所に車が放置してあったら、中をのぞくくらいのことは、誰にでもできること。そういうことから始めたいですね」と、根津さんも言う。

「譲渡先を探すか、うちの子にするかは考え中。これだけ好いてくれれば、もう愛おしくてね」。そう話す根津さんを、マリちゃんは思いきり甘えんぼな顔で見上げた。

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【前の回】多頭飼育崩壊で飢えていた猫 15歳で譲渡、「じい」の名返上
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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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