「縁石の下にちくわを隠したままなんだけど。どうしよう」(小林写函撮影)
「縁石の下にちくわを隠したままなんだけど。どうしよう」(小林写函撮影)

順風そうに見えた初日から一転 野良猫「にゃーにゃ」との暮らしは波乱の幕開けに

 人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取ってから2カ月半が過ぎた1月末、私はぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を捕獲した。

 動物病院での血液検査の結果、猫エイズウィルスに感染していることが判明。ただしストレスの少ない環境で過ごせば発症を遅らせることができ、長生きもできるという。

 それには、家猫にするのが最善の方法だ。にゃーにゃを保護することに反対していたツレアイを説得し、私は、一度は野に放したにゃーにゃを再び捕獲し、動物病院に連れて行った。

(末尾に写真特集があります)

家は再び、猫と暮らす仕様に

 動物病院では3種混合ワクチンの接種、爪切り、追加の寄生虫駆虫薬を投与してもらい、キャットフードの試供品をもらい帰宅した。

「にゃーにゃ、うちの猫になったよ」と声をかけてもツレアイは生返事だ。今日は体調がすぐれず、にもかかわらず仕事が立て込んでいると朝からぼやいていた。

 私はにゃーにゃを入れたままのキャリーバッグを、自分の仕事部屋兼寝室に置いた。

「おじちゃん、愛想ないね、でも大丈夫だから、ちょっと待っててね」

 そう声をかけ、納戸からぽんたが使っていた猫用品を出した。いつかまた猫を飼う日のためにと、洗ってしまっておいたものだ。

「ここはいい場所なのかな」(小林写函撮影)

 猫トイレを廊下と私の部屋に一つずつ置き、新品のヒノキの猫砂をたっぷり入れる。モーターで水を循環させる給水器にフィルターをセットし、水を注いでスイッチを入れた。

 かすかなモーター音とともに、水が泉にように溢れ出してきた。新しい「主人」が決まり、眠っていた道具たちにも息吹が宿ったようだった。

にゃーにゃとの暮らしがスタート

 キャリーバッグの扉を開けると、にゃーにゃは一目散にベランダに面した窓に向かって走って行き、伸び上がって闇に向かい「ナオーン」と鳴いた。

 試供品のフードをぽんたのお下がりの食器に入れて差し出す。すると夢中で食べ、続けて給水器から水も飲んだ。

 私がベッドに腰を下ろすと、飛び乗ってきて隣に座った。知らない場所に連れてこられて緊張しているのか、どこかよそゆきの顔で、外にいたときのように甘えてはこない。

 ツレアイもやっと顔を出し「一度、野に戻ったのに、また捕まっちゃったのか」と言って軽くにゃーにゃをなでた。

「人間のごはんの時間だから、またあとでね」

 と立ち上がると、にゃーにゃはベッドから飛び降りて後をついてきた。だがリビングの入り口まで来ると立ち止まり、踵返してまた私の部屋に戻っていった。

 食事中、にゃーにゃは部屋でずっと鳴いていた。しばらくすると静かになったので見に行くと、クローゼットにもぐりこんでいた。丸く見開かれた目が2つ、奥のほうで光っている。

「おばちゃんたち、ご飯終わったんだ」(小林写函撮影)

 その夜私は、自室のドアを閉めてベッドに入った。

 午前1時過ぎ、にゃーにゃがクローゼットから出てくると、「ニャーオ、ニャーオ」と甲高い声をあげながら部屋の中をうろつきはじめた。窓の前に移動しては伸び上がり、ドアをガリガリ掻いては鳴く。

 夜鳴きの覚悟はできていた。ぽんたは、家に来た最初の夜は夜通し鳴いていた。だがにゃーにゃは1時間後にはピタッと鳴き止み、その後は朝までクローゼットの中で静かにしていた。

 翌朝、ザッザッと猫トイレの砂をかく音で目が覚めた。にゃーにゃが用を足したらしく、砂が周囲に盛大に飛び散っていた。

「えらい、えらい!」と私は手を叩き、にゃーにゃをなでた。ぽんたのときは、トイレを覚えてもらうまでに何度も粗相があったからだ。

 にゃーにゃは給水器からごくごく水を飲み、フードもよく食べた。元々は飼い猫だったらしいし、「家に入りたがっている様子だった」という近所の人からの情報もある。

 意外と早く、家の生活に慣れかもしれない、初日は、そう思った。

初日から一転、本格的な夜鳴きと激しい行動

 だが夜鳴きは、2日目からが本番だった。

 深夜1時頃から鳴き出し、1時間ぐらいでおさまるかと思っていたが、止む気配はない。それに、昨晩よりにゃーにゃの動きは激しかった。

 夜鳴きは、新しい環境に慣れるまではある程度仕方ないようだ。無視する以外方法はないと布団にくるまっていたが、衣装ケースを足がかりにしてカーテンレールの上に飛び乗ったのを見てギョッとし、飛び起きた。

 窓枠にネジで取り付けてあるだけのカーテンレールに5.5kgの猫が乗ったら、レールが曲がって壊れるかもしれない。

 慌てて下ろそうと手をのばすが、捕まえるより先ににゃーにゃは床に一気に飛び降りた。今度はチェストやデスク、パソコンの上につぎつぎとのぼっては降りてを繰り返す。

 ぽんたよりは身体能力が高いようだ。俊敏でしなやかな動きはいかにも猫らしく、美しくさえある。

「部屋にいると遠くを見ないから、外を眺めて目を鍛えよう」(小林写函撮影)

 と感心したのもつかの間、デスクに置いてある書類を食いちぎり始めたので慌てた。取り上げると、今度は、買ったばかりの洋服が入ったままになっているショップのビニール袋を噛みちぎる。

 狭い部屋に閉じ込められたストレスだろうか。ドアを激しく掻き、出られないとわかると、窓のところへ走り寄って「ニャーオ」と高い声で鳴く。

 部屋から出したほうがよいのか迷うが、リビングや台所に放したら何をし出すかわからない。それに別室で寝ているツレアイから苦情が出ることは間違いない。

 紙類やビニール袋など危険なものは引き出しにしまい、私はベッドに入って布団をかぶった。

祈る気持ちで家を出たあの日

 まんじりともせず夜を明かし空が白みはじめたころ、夜鳴きはおさまった。

 だがほっとする間もなく、仕事に出かけるために支度を始めた7時ごろ、にゃーにゃは再びクローゼットから出てきて鳴き始めた。朝ごはんの催促かと思ってフードを与えるが、食べ終わっても鳴き止まない。

 夜中と同じように部屋の中を徘徊しては、あっちこっちに飛び乗っては降り、を繰り返す。この状態で置いてでかけるのも心配だ。なんとか落ち着かせようと、猫じゃらしをふったり、なでたり、追加でフードを与えた。

 1時間後には、にゃーにゃはだいぶおとなしくなった。

 仕事の相手には電話をし、「家の事情で」と謝り、遅れることを伝えた。

 まだ寝ているツレアイには「でかけるから、にゃーにゃをお願い」と声だけかけた。

 留守中、ツレアイとにゃーにゃが仲良くしてくれることを祈りながら、私は自室のドアを少し開けた状態にして家を出た。

(次回は8月5日公開予定です)

【前の回】猫エイズ陽性が判明した野良猫「にゃーにゃ」 「それなら、うちで飼うしかないか」

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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