「おばちゃんのだっこは、居心地があまりよくないのよね」(小林写函撮影)
「おばちゃんのだっこは、居心地があまりよくないのよね」(小林写函撮影)

じんわりと心に染みる幸せな光景 困難が続いた猫の多頭飼育、2匹に変化が訪れた

 元保護猫「ハナ」が家の猫になって2カ月が経ち、夏になった。

 梅雨の頃、先住猫「はち」の膀胱にはストラバイト結石ができたが、この頃にはほぼ消えていた。

 またはちが排尿中に、猫トイレの横の壁に尿をひっかける癖もなくなっていた。

(末尾に写真特集があります)

流れる空気は少しずつ和やかに

 ストラバイト結石が消えたのは、動物病院で処方してもらった消炎剤が効いたからだ。壁に尿をひっかける癖がなくなったのは、トイレをシステムトイレから、大きめの容器に自然の砂に近い鉱物系の砂を入れたものに替えたからだろう。

 だが、その背景には、はちが「ハナの存在にストレスを感じにくくなったから」という理由があることは明らかだった。

 ハナは、トイレで用を足しているはちに飛びかかって猫パンチをしたのは1回だけで、その後、トイレの邪魔をすることはなかった。さらに、はちに猫パンチでちょっかいを出す回数が、1日3回から1回程度へと減ってきていた。

 ハナには、もう1つ変化があった。ときどき、夕方から夜にかけて興奮状態になり、窓に伸び上がって「アーウ、アーウ」と激しく鳴くことがあったのだが、落ち着いてきたのだ。

 それに呼応するかのように、はちも、早朝から激しく鳴いて私を起こすことが少なくなった。起こしにきても、少し相手をするとおとなしくなるので、私も安眠を確保できるようになった。

「あら、はちったら、平和そうに寝ているわ」(小林写函撮影)

 はちはもちろんハナにとっても、予期せぬほかの猫との共同生活には、人間の想像をこえた不安やストレスがあったに違いない。2匹とも、長く1匹で生きてきたシニアの入り口の猫だからよけいだろう。

 考えてみれば人間も同じだ。自分におきかえてみても、面識のない同世代の中年の異性を引き合わせられて、「今日から仲良く一緒に暮らすように」と言われても、とうてい受け入れられるはずはない。

 ハナが、はちにさかんに猫パンチでちょっかいを出していたのも、ひょっとしたら「遊びたい」という単純な理由だけではなかったのかもしれないと、私は思うようになっていた。

不思議な光景、幸せな光景

 そんなハナがある日、ちょっと意外な行動をとった。猫たちの食事どきのことだ。

 我が家では、2匹には離れた場所で食事を与えていた。並んで食事でもさせようものなら、はちが自分の食器にフードが残っているにもかかわらず、ハナの分に口をつけようとするからだ。はちは太りやすい体質のため、食べ過ぎには気をつけなければならない。

 はちは私の部屋に置いた自動給餌器(じどうきゅうじき)、ハナは、リビングにある「ハナマン」(ハナのマンション=ケージ)の1階で食事を与えていた。ハナには1日の規定量を4回に分け、私とツレアイのどちらかが、そのつどフードを食器に盛るようにしていた。

 はちは、フードがあればあるだけ食べてしまう猫だ。一方のハナは、1度に食べる量が少ないうえ、必ず少し残す。残った分は、時間をおいて気が向いたときに食べる。食べ残しを放置しておけば、はちが食べてしまうことは明らかだった。

「ハナがトイレに行くぞ、食べ残しを狙うチャンスか」(小林写函撮影)

 だから、ハナが食事のためにハナマンに入ると、私たちは1階の扉を閉める。食事が終わると、ハナは2階へ飛び上がり、常に開け放している2階の入り口から床に飛び降りる。

 残したフードを食べるときは、2階から入って1階に降りて食べる。

 ハナにとっては非常に面倒なことになっているのだが、1階の扉を空けっぱなしにさえしておかなければ、はちが入って食べることはない。

 はちは、器にフードが残っていると外からうらめしそうに見ているが、わざわざ2階にのぼって1階に降りてという行程を経てまで盗み食いをしようという気はないようだった。

 ある夜、私がハナに食事を与えたときのことだった。ちょうどキッチンで鍋が吹いたので、すぐに戻るつもりで1階の扉は閉めずに立ち去った。

 戻ってみると、はちがハナの食器に頭を突っ込んでいるところだった。

「コラッ!」と出かかった声を思わず引っ込めてしまったのは、横にハナが、ちんまりと座っていたからだ。

「ハナマンは下にいる大家のいびきが響くけど、快適さ」(小林写函撮影)

 こういう場合、これまでハナは「あたしのご飯、食べるんじゃないわよ!」とでも言うかのように、必ずはちに猫パンチをしていた。

 だがこのときは、はちが食べるのをじっと見ているだけだった。

 はちは私に気がつくと、「まずい!」という様子で、そそくさと逃げ去った。

 それを追いかけるでもなく、まだ座っているハナに私は言った。「なんで怒らないの?こういうときこそ、猫パンチをしないと」

 しかしハナは、何食わぬ顔でソファの上に移動し、毛づくろいをはじめた。

 その数日後の猛暑の朝、2匹の姿が見えないと探したら、ソファの下にもぐっていた。お互いに背を向け、端と端に陣取り距離はとりながらも、床に上に寝そべっていた。

「パンパンパン!」「シャー!」を繰り返しながらも、2匹の関係は穏やかに変化している。

 私は、愛猫たちがくつろぐ様子を、うれしい気持ちでしばらくながめていた。

(次回は7月19日公開予定です)

【前の回】おもちゃで遊ぶ愛猫たちの姿に生まれた感情 「多頭飼いはおもしろいのかもしれない」

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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