「夜更けの風が俺を呼んでるぜ、じゃあな」(小林写函撮影)
「夜更けの風が俺を呼んでるぜ、じゃあな」(小林写函撮影)

猫エイズ陽性が判明した野良猫「にゃーにゃ」 「それなら、うちで飼うしかないか」

 人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取って2カ月が過ぎた1月下旬、私は、ぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を捕獲し、動物病院に連れて行った。

 身体検査で気になるところはなく、血液検査の結果は3日後にわかるという。それで問題がなければ感染症の予防接種を受けさせることになった。

 にゃーにゃを迎えることをツレアイは反対している。だから家に連れて帰ることはできない。動物病院でも預かってもらえないので、私は、もといた砂利敷の駐車場ににゃーにゃを戻すしかなかった。

(末尾に写真特集があります)

動物病院から入った検査結果の連絡

 にゃーにゃはキャリーバッグから飛び出すと、一目散に世話をしてもらっているSさん宅のガレージに潜り込んでしまった。

 無理やり捕まえて病院などに連れて行ったので、警戒して私には二度と近寄らなくなるかもしれない。

 そう覚悟をしたが、杞憂に終わった。翌日も、その翌日も、にゃーにゃは私を見ると機嫌よさそうに鳴き、足元にすり寄ってきた。

 そうして3日が経ち、動物病院の院長先生から電話がかかってきた。

「先日、連れてこられた猫ちゃんですが」

 はい、と私は言い、固唾をのんで先生の言葉を待った。

「猫エイズが陽性でした。ほかは問題はありません。白血病も陰性でしたし、内臓の数値はすべて基準値内でした。腎臓も大丈夫です」

 当時の私は、猫エイズについては無知だった。「免疫が正常に働かなくなる病気」程度の知識しか持たない私に、先生はていねいに説明してくれた。

「僕って野の暮らしに向いてないのかな。またあいつにちくわ取られちゃった」(小林写函撮影)

猫免疫不全ウイルス感染症、通称「猫エイズ」

 正式名称は「猫免疫不全ウイルス感染症」。猫免疫不全ウイルスが体内に入ることで猫の免疫機能が働かなくなり、さまざまな症状を引き起こす病気だという。一度このウイルスが侵入すると完全には体内から排除できないため、ウイルスを抱えての生活となる。

 にゃーにゃのように外で暮らしていた猫の場合は、喧嘩等でウイルスを持つ猫に噛まれて感染した可能性が高いそうだ。感染するとすぐに発熱などの症状が出て、これが過ぎると感染していてもまったく症状がでない「無症状期」に移る、にゃーにゃはこの段階にいるのだろう、とのこと。

 無症状期は短ければ1年、長ければ10年続く場合もあり個体差がある。猫の持つ免疫がウイルスを抑え込んでいる期間で、免疫機能が低下してウイルスの活動を制御できなくなると「発症」となる。

「おばちゃんも腹ばいになってみたら?冷たくて気持ちいいよ」(小林写函撮影)

 発症するとリンパ節が腫れたり、健康な猫では病気の原因にもならない、ちょっとした細菌にも反応するようになる。慢性的に口内炎、鼻炎、結膜炎、皮膚炎等をわずらい、さらに症状が進むと食欲が落ち、痩せ、悪性腫瘍ができるなどし、命を落とす。

なおさらのこと「にゃーにゃ」を家猫に

「今のところ猫エイズには、根本的な治療法はないんですよ。症状が出たらそのつど、抗生物質を投与するなどをして症状をおさえる対症療法が基本になります」と先生。

 発症が遅れれば、それだけ猫は長生きできる。発症せずに生を全うする猫もいるという。

「発症を遅らせるには、どうすればいいのでしょうか」と私。

「ストレスがかからないようにすることですね。栄養バランスのとれた食事と、清潔なトイレや水を用意し、冬なら暖かく、快適に過ごせる住環境を用意してあげることです」

 それはつまり、家の猫にするのが一番いい、ということだ。

 私は先生に礼を述べ、ツレアイと相談しますと言い、電話を切った。

猫エイズ陽性でも見える未来は明るい

 その日の夜、ツレアイが帰宅すると私は「にゃーにゃと猫エイズ」について説明をした。

 家に迎えたいとは言わず、猫エイズの猫にとっては、外での過酷な生活が命取りになるという点を強調した。

 ツレアイはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。

「それなら、うちで飼うしかないか。この真冬の寒空に、にゃーにゃを放置することはできない」

 あとで聞いたところ、もしにゃーにゃが健康な状態であったなら無理に保護はせず、そのまま外での生活を続けさせるようにと私に言うつもりだったらしい。

 にゃーにゃが猫エイズのキャリアだったことが、私にとっては幸いした。

 陽性とはいえまだ発症をしていないなら、これから先何年も生きられる可能性は高い。ぽんたの場合は保護して2カ月で慢性腎臓病と診断され、余命約2年と宣告された。そのときは絶望的な気持ちになったが、今、見える未来は明るかった。

自分の猫として、「にゃーにゃ」を迎えに

 翌日の夕方、再びキャリーバッグを自転車の荷台に積み、砂利敷の駐車場に向かった。

 その日に限って、にゃーにゃの姿は見えなかった。私は、布をかけたままキャリーバッグを地面に置いた。10分たっても、20分たっても姿を現さず、あたりは暗くなってくる。

 何か気配を察して、どこか別の場所に移動してしまったのでは。

 私より先に、心ある人が保護してしまったのでは、または心ない人に連れ去られたのでは。

 急に病気になったか、交通事故にでもあったのでは。

 これまでなら「今日はいないのか」程度にしか思わなかったのに、いよいよ自分の猫として迎えようという段階になると、不安ばかりが心を占める。

「なんかこのカゴ、白黒ハチワレ親分のにおいがする」(小林写函撮影)

 30分が経ち、今日は諦めようかと思ったところで「ニャー」と聞きなれた高い声がした。道を挟んだアパートの裏から、にゃーにゃが尻尾を立てて走り寄ってきた。

 キャリーバッグにかけていた布を恐る恐るはずす。するとにゃーにゃは、キャリーバッグに熱心に顔をこすりつけはじめた。

 信じられない気持ちでキャリーの上ぶたを開けた。にゃーにゃを素早く抱え上げて中に入れ、ふたを閉めた。

 途端に「ナオーン」というせつない鳴き声に変わった。だが私は、前回ほど動揺はしなかった。

「きみは、自分の意思でキャリーバッグに近づいてきたんだからね」と、荷台で鳴き続けるにゃーにゃに声をかけながら、動物病院に向かってペダルをこいだ。

(次回は7月1日公開予定です)

【前の回】駆け巡る感情 野良猫「にゃーにゃ」を捕獲し、動物病院に連れて行ったあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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