駆け巡る感情 野良猫「にゃーにゃ」を捕獲し、動物病院に連れて行ったあの日
人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取ってから2カ月が過ぎた1月下旬、私は、ぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を保護しようと決めた。だがツレアイが反対したので、せめて動物病院にだけは連れて行って血液検査をしてもらい、予防接種を受けさせたいと伝えた。
ツレアイを納得させた私は、早速、ぽんたが使っていたプラスチック製のキャリーバッグを物置から引っ張り出し、きれいに拭いた。
落ち着いて、私。にゃーにゃの捕獲
翌日の夕方、近所のアパート前の砂利敷の駐車場ににゃーにゃがいることを確認すると、私は大急ぎで家にキャリーバッグを取りに帰った。
キャリーを自転車の荷台にのせ、見えないように上から布をかけた。手で押さえながら自転車を引いて駐車場に戻り、座っているにゃーにゃの隣に用心深く自転車を停めた。
辺りには人気はない。
荷台からキャリーをおろして地面に置き、そっと布を外した。にゃーにゃは特に警戒する様子もなく、私の足元をうろうろしている。
キャリーの上ぶたをゆっくり開けると、キキーッとかすかにバネの音がした。私は深呼吸をし、右手をにゃーにゃの前脚の下に入れ、左手でお尻を抱えるようにして抱え上げ、頭を傾けてキャリーに入れた。すとんとにゃーにゃが足を底に着けたのを見届け、素早くふたを閉めた。
とたんに、にゃーにゃは「ナオーン」と、遠吠えのような鳴き声を上げた。
全身が熱くなり、顔に血が昇ってくるのを感じた。すぐにキャリーを荷台に自転車紐でくくりつける。にゃーにゃは鳴きながら立ち上がり、何が起こったのか理解できない様子で、前後左右に行ったりきたりしている。
隣町の動物病院までは自転車で約15分だ。ぽんたの通院で慣れた道だし、ぽんたもいつも荷台では病院に着くまで鳴き続けていた。だからなんてことはない。
だが、違った。
キャリーの中で鳴くにゃーにゃ
聞いたこともないような悲痛な鳴き声に胸が締め付けられる。さっきまで、自由に外を歩きまわっていたのに急に囚われの身となり、自分の意思とは無関係にどこかに連れて行かれる。この状況は、にゃーにゃにとっては拉致も同じことだ。
「ごめんね、ごめんね、怖いことはないからね」
私は何度も声に出しながらペダルをこいだ。病院に着く頃には、全身にびっしょりと汗をかいていた。
この日、院長先生は休みで、副院長の女性のY先生に診てもらうことになった。
「この前の、気になっている猫ちゃんですか?」と、Y先生。私がノミダニ駆除薬をにゃーにゃのために買いにきたことを知っていて、受付でにこやかに声をかけてくれた。
待合室では、にゃーにゃはずっと「あーう、あーう」と鳴いていた。ただ、興奮したり、キャリーから出たがって暴れることはなかった。
診察がはじまる
診察室に入り、キャリーを診察台に上に置く。捕獲してきたばかりの野良猫ということで、室内にはうっすらと緊張感がただよった。
Y先生は、キャリーの横の扉を開け、中をのぞきこんで「やっほー」とにゃーにゃに挨拶。続いて上ぶたをあけると、にゃーにゃは勢いよく飛び出し、診察台から飛び降りてあたりを駆け回った。
狭い室内では、外にいたときよりにゃーにゃがずっと大きく見える。毛の汚れも蛍光灯の下では鮮明だ。
補佐に入った新米のF先生がなんとか捕まえ、診察台にのせた。しっかりと保定されると、にゃーにゃはおとなしくなった。
「きみ、元気だね、力も強くて俊敏」
Y先生は言い、にゃーにゃが万が一暴れて噛み付いたりしないようにと、首にエリザベスカラーを装着し、身体検査をした。視診、聴診、触診の結果、特に異常はない、とのこと。
体重は5.5kgだが、大柄で骨格がよいため、このぐらいあっても問題はないそうだ。
「宮脇さんの家の子になるのですか?」
とY先生。
「私はそうしたいのですが、ツレアイが反対しているので」
と答えると、
「いったん家に迎えちゃったら、かわいがりそうな方ですけどねえ」
とY先生は苦笑した。
採血の間も、にゃーにゃはおとなしく血を抜かれるままになっている。
「肉球が黒くて硬いね、アスファルトの上をたくさん歩いていた証拠だね」
とF先生が声をかける。にゃーにゃが暴れたり、先生たちに威嚇することがないのには、心から安堵した。
今日この子を、どうするか
血液検査の結果は、3日後にわかるという。感染症の予防接種は、それから行うことになった。
それまでの間、にゃーにゃをどうするか。せっかく保護できたのだから、家に連れて行きたい。でもツレアイが許すはずはない。
再び野に放したら、警戒してもう近づいてこないかもしれない。仮にツレアイの許しが出ても、いざ保護しようとキャリーバッグを持って近づこうものなら、逃げるかもしれない。
私は思い切って、検査結果が出るまで病院のペットホテルで預かってもらえないかたずねてみた。
すると「さっきまで外にいた健康な野良猫を、病院の狭いケージに閉じ込めることは大きなストレスをかけることになり、体調を崩す危険もあるため引き受けることはできない」との返事。
「そうですよね、もう2度と捕まえることができなかったとしたら、それはそれでこの猫との縁はそれまでということですよね」
私は、自分に言い聞かせるようにつぶやき、にゃーにゃを連れて病院を出た。
外はすっかり暮れて、小雨が降りはじめていた。
(次回は6月2日公開予定です)
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