「ねえねえ、遊ぼ遊ぼ」(小林写函撮影)
「ねえねえ、遊ぼ遊ぼ」(小林写函撮影)

話し合いは難航するも、野良猫「にゃーにゃ」を迎える準備は着々と ついにその時は来た

 人生ではじめて一緒に暮らした猫「ぽんた」を看取ってから2カ月が過ぎた1月中旬、ぽんたの野良仲間だった茶白猫の「にゃーにゃ」を保護しようと決めた私は、夕食の席でツレアイに切り出した。

(末尾に写真特集があります)

難攻する話し合い

「にゃーにゃを家に迎えようと思うんだけど、いいかな」

 ツレアイは箸を止め、目を大きく開き、身を乗り出すようにして「はあ?」と言った。

「また猫を飼う気なの、冗談でしょ、ダメダメ」

 諸手を挙げて賛成はしないことは、薄々わかっていた。「うちの猫はぽんただけで十分、あんないい猫には一生出会えない」と常々、聞かされていた。

 だが、頭ごなしに反対されるとも思っていなかった。彼もにゃーにゃのことはかわいがっており、散歩中に会うとしゃがんでなでて、「この子も保護してあげたほうがいいのかな」とつぶやくことさえあったからだ。

「それは、うちで、という意味じゃないし、だいたい、にゃーにゃは保護すべき猫かどうかは疑問だよ」

「僕の得意なポーズ。誰か通らないかな」(小林写函撮影)

 彼が反対する理由は二つあった。一つは「慢性腎臓病をわずらったぽんたが安らかに旅立ち、ほっとしたばかりだ。それなのに、また命を預かる責任を負い、看護や介護で時間とお金と気をつかい、2人で気軽に旅行にも出られないのはごめんだ」というものだった。

 もう一つは「にゃーにゃが半野良状態でSさん宅で世話をしてもらっているから」だった。毎日食事を与えてもらえる現在の暮らしに不満はなさそうだ。それなのに、こちらのエゴで住み慣れた場所から離す必要はあるだろうか。また、にゃーにゃは地域のアイドル猫でもあり、会うことを楽しみにしている近所のファンもさみしがるだろう、というのが彼の言い分だった。

「もう帰っちゃうの?」(小林写函撮影)

 時間や金銭について迷惑はかけない、旅行の際にはペットシッターを頼む、Sさんには保護する許可をとったし、にゃーにゃはどうやら家に入りたがっているらしいなど、思いつく限りの説得材料を並べた。泣き落としも試みた。

 だが、ツレアイは聞く耳を持たず、早々に食事を終わらせると席を立ってしまった。

それでも着々と進めたお迎え準備

 だからといって、私の決意が揺らぐことはなかった。

 変わらず毎日、にゃーにゃがいる砂利敷きの駐車場に足を運び、家猫にするための準備を少しずつ進めた。ぽんたのかかりつけだった動物病院に行き、気になる野良猫がいることを話し、スポットタイプのノミダニ駆除薬を売ってもらい、首筋に垂らした。

 また、猫用のシャンプーシートで、毎日からだを拭いた。最初は、何枚使ってもシートが真っ黒になったが、だんだんと、汚れは薄くなった。

「手入れしていてもすぐに埃っぽくなっちゃうんだ」(小林写函撮影)

 にゃーにゃは、これらの行為をそれほど嫌がらずに受け入れた。

 駐車場の縁石に腰をおろすと、ぽんたはよく私の膝にのぼりたがった。でも、にゃーにゃはそこまではしない。

 少し距離をおいて座り、毛づくろいをしたり、おなかを地面につけておとなしくしている。

 風で木々がざわめいたり、少しでも通りで物音がするとピクっと耳を立て、動きを止め、または立ち上がり、音がしたほうをじっと見据える。

 人馴れはしているとはいえ、ぽんたよりは臆病な猫のようだった。私は「大丈夫だよ、怖いことはないよ」と話しかけ、にゃーにゃをなでた。

外堀を埋めていく

 週末の午後になると、にゃーにゃに会いにやってくる2人組の若い女性がいた。彼女たちはにゃーにゃを「にゃん太郎」と呼んでおり、あいさつ程度に言葉を交わしたことがあった。

 ある週末、私は彼女たちににゃーにゃの保護を考えていることを話した。ツレアイの「ファンがさみしがる」という言葉が気になってはいたし、予告したほうがよいと考えたからだ。

「さみしいけれど、寒さに震えていないか、おなかをすかせていないかと気を揉む必要がなくなるから安心です」

「よかったね、おうちができるんだって、にゃん太郎」

 2人は、私が想像した以上に喜んでくれた。

「でもどうやって保護するんですか、捕獲機とかを使うんですか」と聞かれ、それは考えていないと話すと、「素手で捕まりますかね?私が抱っこしようとしたら嫌がって、ひっかかれそうになりました」とのこと。

 確かに、私も何年か前に一度持ち上げようとして、ひっかかれたことがあった。

時は来たり

 ある日、周りに誰もいないときに、にゃーにゃの前足の脇に両手を入れてそっと抱え上げてみた。
私の腿ぐらいの高さまでなら、だらーんと足を垂らした状態でおとなしくしている。上からキャリーバッグに入れることをイメージしながら、そのまますとんと地面におろすと、すぐに私の足元に擦り寄ってきた。

 準備は整った、と思った。

 だが、ツレアイは首を縦にふらない。

「だったら、せめて動物病院に連れて行って血液検査をしてもらい、感染症の予防接種だけは受けさせたい」

 この寒空の下、にゃーにゃを放ったままにはしたくなかった。

 ツレアイはため息をつき、言った。

「わかったよ。病院に連れて行くだけなら、反対しない」

 私は、心の中で大きくガッツポーズをした。そして早速、ぽんたのキャリーバッグを物置きから引っ張り出した。

(次回は5月6日公開予定です)

【前の回】野良猫「にゃーにゃ」を迎えるために じゃらしで遊び変化をよく見て頃合いを待つ日々

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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