この子のためにと考え迎えた弟分 穏やかな愛猫が見せたのは激しい攻撃と威嚇だった

「うちにも、もう1匹猫がいてもいいかもね」

 都内でピアノを教えている亜由美さんが、大学生の娘とそう話すようになったのは、スコテッシュ・フォールドのメス猫「コチ」と暮らすようになって2年が過ぎた2019年の春だった。

(末尾に写真特集があります)

猫との暮らしを想像した

 コチは、ペットショップで見つけた猫だった。当時、息子は大学院生、娘は大学生で、家に迎えたはじめての動物の家族だった。

 子どもたちは、幼い頃から犬か猫をほしがっていたが、亜由美さんはその気になれなかった。子育てで手一杯という理由に加え、自分自身、実家で犬や猫を飼った経験はあったにもかかわらず、大の動物好きというわけではなかったからだ。

 だが子育てが一段落ついたとき、家族3人で暮らすこじんまりとした一軒家に動物がいることが自然に想像できた。それは犬ではなく、なぜか猫だった。

「猫を飼おうか」

 そう伝えたときの娘の喜びは想像以上だった。大輪の花が一気に開いたような笑顔を見せ、「お母さんの気が変わらないうちに」と急かす娘と一緒に、ペットショップを巡った。

 3店目で出会った猫が、当時生後2カ月のコチだった。

ぬいぐるみのような「コチ」がやってきた

 手のひらにのる大きさで、動き回るぬいぐるみのように愛らしいコチはすぐに家に慣れた。物怖じせずに家族の膝にものってくるし、抱っこも大好き。ミャーミャーと鳴いて皆を呼び、よく遊び、食べ、毎晩誰かしらのベッドに潜り込んでは一緒に眠った。

「コチです。春先にこのおうちに来たので、万葉集の東風(コチ)から取った名前よ。春を告げる風を意味するんですって」(小林写函撮影)

 娘と息子以上に、コチに魅了されたのは亜由美さんだった。

 コチが来て1カ月後、留守番を息子に託して娘と旅行にでかけた際には、道端で猫を見かけるたびに「早くコチに会いたい」と涙ぐみ、娘に呆れられた。

 コチは、亜由美さんにとって孫のような存在だった。 

 だからコチが家に来て2カ月後に、右目が白くにごり、涙目になっていることに気がついたときは血の気が引いた。すぐに動物病院へ運んだ。

ひとりを好むようになったコチ

 そこは、亜由美さんが実家で飼っていた犬のかかりつけの病院だった。若くさばさばとした男性獣医師が院長で、飼い主の話を親身に聞いてくれることで定評があり、偶然、眼科を得意としていた。

 遊んでいる最中におもちゃで傷つけたのでは、自分のせいで失明させたらと取り乱す亜由美さんを安心させるように、先生は言った。

「ウィルス性の角膜炎ですね。コッちゃんはうまれつき、この症状が出やすいのでしょう。ちょっと風邪を引きやすい子、と考えて、症状が出たら目薬をさすようにしていれば問題ないですよ」

「お母さんのことは『おかん』って呼んでいるの」(小林写函撮影)

 コチに関する心配といえばそれぐらいだった。いたずらをすることもなく、避妊手術後には早々に大人になった。自分から甘えてくることが減り、好きだった抱っこも嫌がるようになった。夜も一緒にベッドに入ることがなくなり、横のソファで眠った。

 窓辺に座り、外を眺めてパトロールをする時間が増えたコチ。人間と距離を置き、1匹の世界にこもっているような様子が、亜由美さんには気がかりだった。

コチのために2匹目を迎えることに

 SNS上には、多頭飼いの猫たちのにぎやかで楽しそうな様子が日々投稿されている。

 コチにも、猫の仲間がいたほうがいいのかもしれない。

 こうして子どもたちとも相談し、2匹目を迎えることにした。

「カジです。沖縄で南風を『パイカジ』と読むことから付けた名前だって。僕が夏にこのおうちに来たから」(小林写函撮影)

 2匹目は保護猫にしようと決めていた。娘が集めてくる情報を頼りにいくつかの譲渡会に足を運ぶなか、たまたまSNSで流れてきた子猫に目が止まった。

 生後推定3カ月の茶トラの男の子だった。コチとは2歳半違いという年の差や、姉と弟という組み合わせは悪くなさそうだ。甘えん坊の様子を動画で見て、落ち着いたコチとは仲良くなれそうな気がした。

コチの弟分として「カジ」がきた

 子猫は2019年8月に亜由美さんたちのもとにやってきた。

 聞けば、沼地の多い場所で暮らしていたところを保護されたという。おなかに回虫がいたが、投薬治療中とのことで、引き続き様子を見ながら迎えることにした。

 名前は「カジ」と付けた。

 先住猫がいる家に、新たに猫を迎えるときには慎重に段階を踏まなければいけない。多頭飼いのコツについて調べた娘の指示に従い、2階の息子の部屋にケージを用意し、カジを隔離した。

初の直接対面、コチは激しく威嚇した

 1週間が過ぎた頃、2匹をケージごしに対面させた。

 ガサッという激しい音とともにカジが猫パンチを繰り出した。ケージは、ポリエステル製のポータブルタイプだった。メッシュになった窓部分が伸び、その反動でケージが揺れた。

 驚いたコチが後ずさり、その日はそれで終わった。

 その後、様子を見ながらケージ越しに何度か対面させ、お互いの存在を認識させた。カジを抱っこしながらコチに会わせるなどし、徐々に距離を縮め、そろそろ直接対面も大丈夫なのではと思い、カジが来てから約1カ月後に、コチがいるリビングに離した。

 そのとたん、コチが激しい勢いでカジに飛びかかった。毛を逆立て、尻尾を膨らませた姿は、これまでの穏やかなコチからは想像もつかなかった。

 次回、後半へと続きます。

(次回は2月25日公開予定です)

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
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