「夢麻呂、口の周りに食べかすが付いてるよ」(小林写函撮影)
「夢麻呂、口の周りに食べかすが付いてるよ」(小林写函撮影)

憧れだったアラスカン・マラミュート つらい闘病を経て旅立った「フーチ」の足跡

 都心から少し離れた海の近くにある動物医療センターが、京子さんのかかりつけの動物病院だ。京子さんは夫と、2匹の大型犬と12匹の保護猫と暮らしている。

 この医療センターは、いわば「動物の総合病院」。予防接種や定期健康診断、ちょっとした症状を診てもらえることはもちろん、腫瘍科や皮膚科などの専門科も備えている。

 この病院に30年近く通う京子さんに、以前に猫たちについての話を聞いた。今回の話の主役は、愛犬たちだ。

(末尾に写真特集があります)

幼い頃から憧れていたアラスカン・マラミュート

 今、京子さんの家にいるのは、アラスカン・マラミュートの「サワ」とポインターとセターのミックス犬「アネラ」。サワはメスで10歳、アネラはオスで6歳。2匹とも猫たちとうまく折り合いをつけ、仲よく暮らしている。

 サワは、京子さんの家の3代目のアラスカン・マラミュートだ。今年の2月に骨肉腫を発症したが、酷暑の夏も元気に乗り越えた。

 実は2代目のアラスカン・マラミュート「フーチ」も同じ病を経験していた。

 オオカミに似た風貌と、体格のよさが魅力のアラスカン・マラミュートを飼いたがったのは、ご主人だった。子どもの頃からシェパードなどの大型犬と暮らした経験があり、ずっと憧れていた犬種だった。

初代アラスカン・マラミュートが来た日のこと

 約30年前、1代目のアラスカン・マラミュートが家に来たときのことを京子さんは今でもよく覚えている。幼稚園に通う娘さんと遠足から帰宅したら、生後2カ月の子犬がいて驚いた。ご主人が予告もなく、ブリーダーから迎えたのだった。

 遠足では動物園を訪れ、娘さんは「小動物ふれあいコーナー」ではじめて身近に接した生き物が怖くて大泣きをした。それをなだめながら帰ってきたら家に犬がいたので、さらに大騒ぎになったのだった。

 それからしばらくは、子犬が近寄ってくると食卓にのぼって「避難」していた娘さんだったが、1週間もすると慣れて、寝起きをともにするようになった。

 初代犬が亡くなった後に、2代目のアラスカン・マラミュートのオス「フーチ」がやってきた。

2代目「フーチ」に現れた異変

 フーチが6歳になったとき、前右脚がわずかに腫れているのが気になった。動物病院に連れて行くと「よく、この程度の変化でわかりましたね」と褒められた。

 当時家には、フーチより6歳年上のラブラドール・レトリーバーのメス「セーラ」がおり、足首に変形性関節炎を起こして治療を受けていた。犬たちの足首の様子を毎日確認することがくせになっており、普段とは違う状態に敏感になっていた。

「サワです。今回は私と同じ病気になった兄さんのお話よ」(小林写函撮影)

 フーチの腫れに関しては、骨肉腫の疑いがあると言われた。

 骨肉腫が、中高齢の大型犬が発症しやすい骨の悪性腫瘍であることは、京子さんも知っていた。

 病院の腫瘍科でレントゲン検査を行うと、画像にそれと思われる所見が認められたが、確定ができなかった。そこで骨の組織の一部を取り、病理検査が行われた。それでも確定することができず、再度、組織を採取して検査をすることになった。

「アネラだよ。家では猫たちとたわむれているとは思えないだろ」(小林写函撮影)

 検査の日を待つ間にも、フーチの状態は悪くなっていった。腫瘍による痛みは薬で抑えられるレベルではなく「人間なら悲鳴を上げるような、毎日骨折を繰り返しているような痛み」だと、担当獣医師から聞かされた。

 フーチは自分から積極的に動いたり、立ち上がったりすることがなくなり、ただ毎日、じーっと1点をみつめて座り込んでいる。強い痛みのせいで、眠ることもできないようだった。

 それでも「トイレ散歩に行く?」と声をかけるとヨロヨロと立ち上がり、ぎこちない動作でついてくる。こちらの言うことにはなんとしてでも従おうとする姿を見て、京子さんの胸は締め付けられた。

断脚を決意

 骨肉腫は悪性度が高く根治が難しい。高い確率で肺に転移し、予後もよくない。四肢に発症した場合は腫瘍のある脚を根元から切断し、その後抗がん剤投与によって転移をおさえこむという方法での治療しかないという。

 これ以上、フーチにつらい痛みを負わせることには、京子さん自身が耐えられなかった。それでご主人と相談し、フーチの断脚を獣医師に願い出た。

「もし骨肉腫でなかったとしても、それはこちらの責任です。私たち家族がフーチの脚になります」

 こうして手術を行ったところ、骨肉腫であったことが判明した。

「猫たちと遊ぶのも結構たいへんなんだ」(小林写函撮影)

 翌日、病院にフーチを迎えに行く京子さんの心は重かった。朝目覚めて脚が失われていることがわかったフーチは、どれだけショックを受けているだろうか。

 だがフーチは、院内に設けられたパドック内を3本の脚で軽快に歩いていた。表情は晴々としており、元気だった頃と変わらなかった。

 腫瘍ができた脚は地面に着けられないほど痛みが強かったせいか、このところ3本脚歩行が習慣化してきていた。やっかいな部分がなくなってせいせいしているようにも見えた。

 手術の数週間後から、抗がん剤治療が始まった。2回目の投与のあと、フーチは副作用による激しい吐き気に苦しんだ。それは食事がとれなくなるほどのもので、そばで見ている京子さんのほうがつらかった。副反応が出るか出ないかは、その子の体質によるとは聞いていたが、ここまでとは想像もしていなかった。

 3回目の抗がん剤投与を行うべきか否か、悩んでいるときに、肺への転移が見つかった。

 フーチは、手術後2カ月で旅立った。

 治療は、獣医師とも十分に話し合って決めたことだ。一時は痛みから解放されて元気に歩き回っていたフーチの姿を見られたことはよかったと思う。

 だが、結果的には抗がん剤治療で苦しめることになった。本当にこれでよかったのだろうかという思いは、心の隅に残った。

 数年後、一緒に飼っていた「セーラ」が17歳で天寿をまっとうした。その後やってきた3代目のアラスカン・マラミュートがサワだ。

 サワがフーチと同じ病気であることがわかったのは、10歳になったときだった。(次回に続きます)

(次回は9月9日公開予定です)

【前の回】糖尿病と診断された愛猫 不安な日々を乗り越え、きょうだい猫と穏やかに過ごす

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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