庭に現れたしゃがれ声の痩せた黒猫 何かを訴えるように鳴く姿をみて家に入れることに

 緑豊かな郊外の一軒家で暮らす由香さんの家には、3匹の元保護猫がいた。

 最年長の「大福」は長男らしくどっしりと構えた性格。次男の「春」は穏やかで優しく、末っ子の「豆太」は、臆病。大福と春が人になれているのに対し、豆太は知らない人間が来るとすぐに隠れてしまう。

 年齢も生まれも、性格も異なる3匹だが、本当の兄弟のように仲がよかった。

(末尾に写真特集があります)

庭に来る痩せた猫

 そんな由香さんの家の庭に、痩せた黒猫が現れるようになったのは、2019年の夏だった。

 からだは小さいが、若い猫というわけではなさそうだった。庭に来るといつもしゃがれた声で鳴き、由香さんが用意するキャットフードを平らげた。

 由香さんはその猫を「黒ちゃん」と呼んでいた。野良であることは明らかで、それならば不妊・去勢手術を受けさせようと考えた。

 豆太を譲り受けた保護団体から捕獲器を借り、庭に仕掛けた。黒ちゃんは簡単に中に入り、そのまま、3兄弟のかかりつけ獣医である由香さんの中学時代の同級生、陽子ちゃんのところへ運んだ。

 黒ちゃんは、雌だった。陽子ちゃんは、飼い主のいない猫を捕獲して不妊手術を受けさせ、元いた場所に戻すTNRを行えば、市から助成金がおりることを教えてくれた。

顔をのぞかせる猫
「いらっしゃいませ。春です」(小林写函撮影)

 長く野良生活を送ってきた猫は、簡単には家猫にはなれないだろうし、外で暮らすほうが気楽だろう。そう考え、TNRにすることに決めた。

 だが、開腹したところ、黒ちゃんはすでに手術済みだった。生粋の野良猫ではなく、かつては飼い猫だったのかもしれなかった。

何かを訴えるかのように

「飼い主のいない不妊手術済の猫」の目印であるサクラ耳になった黒ちゃんを、由香さんは庭に離した。それから2、3日は姿を見せなかったが、またすぐに現れるようになった。

 独特のしゃがれ声で、何かを訴えるかのように鳴く。

 由香さんは黒ちゃんを家に入れることにした。3兄弟とは接触させないよう、1階の部屋に置いたケージに隔離し、譲渡先を探すことにした。

 何回か譲渡希望の申し込みはあった。でも縁はつながらなかった。

 こうして数カ月後、黒ちゃんは由香さんの家の4匹目の猫となった。

なでてもらう黒猫
「黒です。お母さんのことは私が一番わかっているの」(小林写函撮影)

 最初から家の猫にしなかったのは、黒ちゃんが雌だからだ。全員去勢済みとはいえ、男3兄弟の中に紅一点では、ちょっかいを出されて嫌な思いをするのではと考えた。

 しかし、これは杞憂(きゆう)に終わった。

 最初に対面させたとき、興味津々でよって来る男子たちを、黒ちゃんは「ギャーッ」と一喝し、蹴散らした。「気安くしないでちょうだい」とでも言うようなその態度に3兄弟は圧倒され、その日から、黒ちゃんはこの家の「女王」になった。

 黒ちゃんは3兄弟と同じ部屋にいても戯れることは一切ない。常に一定の距離を保ち、食事は別室でとる。

 そんな黒ちゃんだが由香さんには甘え、なでられるとうれしそうにのどを鳴らした。

玄関を開けても入ろうとしない

 翌年の夏、春が脱走騒ぎを起こした。

 由香さんの母親が、新聞を取りに出ようと玄関を開けた隙に、外に出てしまったのだ。

 半径100メートル以内でうろうろしていることはわかった。だが近寄って捕まえようとすると逃げる。玄関を開けても入ろうとしない。

 由香さんは3台の捕獲器を用意し、自宅の庭のほか、春が通り道にしている近所の家にも頼んで置かせてもらった。「猫を探しています」のチラシも作り、近所の家に配って回った。

2匹の猫
「黒さん、肩でもおもみしましょうか?」(小林写函撮影)

「うちも昔、猫が逃げたことがあるんですよ」

「ああ、あそこの、子どものための絵画教室の先生ですか」

 同じ街に住んでいながら初めて言葉を交わした人も多かった。それでも皆、快く対応してくれた。

 そうして訪れた、路地の突き当たりにある1軒の家に前に、黒猫が3匹寝そべっていた。たまたま住人らしき女性がいたので由香さんが声をかけると、3匹はその家の猫だった。由香さんは、脱走した猫を探していること、自分の家にも去年から黒猫がいることを話した。しゃがれた鳴き声が独特で、と口にしたところ、女性は、

「もしかして、ロッタちゃんかしら!」

 と言った。なんでも、6年前に家を出たきり帰ってこなくなった黒猫がいるとのこと。兄弟猫たちと折り合いが悪いことが理由のようだった。

ハチワレ猫
「僕たちの話は今回でおわりです。みなさんありがとう」(小林写函撮影)

 後日、女性の来訪により、黒ちゃんは間違いなくロッタちゃんであることが判明した。現在、12歳とのことだった。元飼い猫が穏やかに暮らしている様子に女性は安心し、由香さんは責任を持って面倒を見ることを約束した。

急に我に返ったように

 春は6日間の放浪ののち、無事に帰宅した。

 夜、由香さんがちょうど近所の買い物から帰ったときだった。2階のベランダから「ニャー」と声がするので見上げると大福がいて、その目線の先には春がいた。

 春は顔を上げ、声の主を見ていた。すると急に我に返ったように歩き出し、由香さんと一緒に家の中に入ったのだった。

 春は憔悴していた。顔は汚れ、ところどころ虫刺されの痕もあった。

 そんな春のからだを、大福は「おかえり」とでもいうように、丁寧になめた。

◆由香さんのInstagram

 (次回は3月12日に公開予定です)

【前の回】3匹目の子猫を迎えた初日 いつもは動じない先住猫が鬼の形相で威嚇した

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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