倒れている野良猫を見つけた 先のことはわからないけど、動物病院へ運ぶと決めた

 今から約5年前、のちに愛猫となるぽんたと出会う前の夏の盛りのことだ。

 自宅マンションの窓から見える、隣家との間を仕切る塀の上に、しょっちゅう昼寝をしに来る茶白の野良猫がいた。

(末尾に写真特集があります)

のどかな光景

 そこには昼寝にちょうどよさそうな木陰があった。猫はときにお腹を出して横になり、目をつむっていた。

 風がそよぎ、それに合わせるように、こもれびを受けた白いお腹がゆっくりと上下する。

 その様子は、なんとも心地よさそうで、当時、犬や猫に対してあまり愛着を持っていなかった私も、ずっとながめていたくなるような、のどかな光景だった。

横になって眠る猫
「夏場は涼しくて、ここは昼寝に最高だったんだ」(小林写函撮影)

 その猫を、私とツレアイは「あのこ」と呼んでいた。あのこが来るのが待ち遠しく、姿が見えると「来てるよ!」とお互いに知らせ合った。

貫禄と風格

 あのこは、近所でも姿を見かけた。

 声をかけようとするとさっと踵を返し、数メートル進んでは立ち止まって振り向く。こちらが歩み寄ろうとすると、素早く走り去る。

 体も顔も、尻尾の下についている「雄猫の象徴」もすべてが大きく、長く野良で過ごしてきた貫禄と風格があった。昼寝中の、どこかあどけない様子とは別の猫のようだった。

庭をのぞき込む野良猫
「ここのお宅の庭はいつもきれいなんだ」(小林写函撮影)

 それからしばらくして野良生活を送っていたぽんたと出会い、保護した。その後も、あのこはときどきマンションの周りに現れた。ぽんたは、その姿を見つけるたびに「うー」「あー」と威嚇したが、あのこは意に介せずというふうに、いつも静かに立ち去った。

 ぽんたと暮らして1年ほど過ぎた頃から、あのこはぱったりと姿を見せなくなった。

 「どこかの家に拾われたならいいんだけど」とツレアイは言った。でも、あのこが家猫になれるとは、2人とも思わなかった。

 それから2年が経ち、ぽんたが亡くなって数カ月が経った頃だった。私は、近所のイタリアンレストランのカウンターで偶然隣り合った男性から、あのこの最期を聞くことになった。

倒れている猫

 都心でデザイン関係の仕事をしている八木さんは、その日、妻と二人で、お気に入りのアーティストのライブにでかけようと家を出た。

 最寄り駅に向かう遊歩道を歩いていると、路上に転がる茶色い物体が目に入った。近づくと、倒れている猫だった。怪我をしているらしく、体のあちこちから流血していた。

 猫は動かない。しゃがんで確かめると、まだ息はあった。首輪もしていないし、毛の汚れ具合から、野良猫であることは間違いなかった。

 夫妻は、すぐに動物病院に運ぶことに決めた。このまま素通りすることはできない。ライブは諦めるしかないが、行ったとしても、楽しめないことは明白だった。

散歩中の犬
「八木さんちの愛犬、うーです。おとうさん!ここは一時停止よ」(小林写函撮影)

 夫妻は、保護団体から引き取った1匹のチワワを飼っていた。愛犬のかかりつけの動物病院に電話をかけ、怪我をした野良猫を連れて行くので診てもらえないかと聞いた。

 すると「最終的な引き取り手が決まってから連絡してください」との返事だった。

 猫が元気になった場合、八木夫妻が保護するのか、再び野に戻すのか、それとも保護団体に引き取ってもらうのか。また、すぐに回復せずに治療が長引く場合は、どうするのか。それらをしっかり決めてから、来て欲しいという。

 マンション暮らしのうえ、飼育可能なペットは1匹と規約で決まっている。人見知りで臆病な性格の愛犬と暮らす夫妻には、猫を引き取ることは不可能だった。病院で治療をし、傷が癒えたらまた野に戻すことになるだろう。そう考え、それまでの治療費は負担するつもりだった。

 だが、治療が長引く可能性についてまでは、考えが及ばなかった。

同じことを質問されて

 八木さんは電話を切り、インターネットで検索をし、区内にある猫の保護団体をみつけて電話をかけた。保護団体なら、何かいい解決方法を提示してもらえるのではないか、と期待した。

 代表の女性からは、先の病院と同じことを質問された。保護団体が引き取ることもできなくはないが、シェルターには世話を必要とする何十匹もの保護猫がいる。けがが治った状態でなら対応できるだろう、とのこと。

 さらに「野良猫の場合、不治の病を抱えている可能性もありますよね、先の見えない治療を続けることになったら、治療費はどうされますか」と問われた。

 獣医師にさえ診てもらえば猫はまた元気に飛び回れるようになる。何の根拠もなく、そう考えていた自分の認識の甘さを、八木さんは軽く悔いた。

 だが、ここで二の足を踏んでいたら、助かる命も助からない。

 保護団体の女性は、近所の動物病院を紹介してくれた。野良猫や地域猫の不妊・去勢手術を積極的に行っており、外で暮らす猫の扱いには慣れているという。

 連絡をすると、すぐに診てもらえることになった。

 八木さんは猫を運ぶ用意をするため、その場に妻を残して自宅へ向かった。先のことは決めていなかったが、今、後悔しない選択肢はそれしかなかった。

(次回は10月9日に公開予定です)

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【前の回】動物看護師の細やかな心配り 飼い主の心をなごませ、犬や猫の不安をやわらげる

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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