療法食を受けつけなくなった猫「ぽんた」 体重は3キロを切った(45)
慢性腎臓病と診断されて3年目の夏に病状が悪化し、一時は足元がふらつき、ぐったりとした様子だったぽんた。その後、治療の効果もあり、初の脱走騒ぎを起こすまでに回復した。
しかし10月に入る頃、再び調子が悪くなった。
リビングに出てくることが減り、私の部屋で過ごす時間が増えた。ときには、クローゼットに潜ったままのこともあった。
点滴治療のために動物病院に連れて行くと、体重が100g減っていた。これは人間に換算すると約1kg減にあたる。数日後に測ると、また少し減っていた。
リキッド状の療法食「ミルク」は1日100ml、1回20mlを目安に5回に分けて与えていた。この量でこれまで体重が維持できていたのに、ここへきてなぜ減るのだろう。
確かに、私が長時間外出していたり、夜遅くに帰宅して疲れた日は、5回飲ませられないこともあった。
体重の減少は気にしないつもりだった。しかし、ぽんたの元気がないと、やはり冷静ではいられない。
私は、毎日100mlを何がなんでも完飲させようと決めた。ぽんたが気がすすまない様子でも、多少暴れようとも、時間になると部屋の隅に運び、首にエリザベスカラーを装着し、頭を押さえ、口の端にミルクを充填したシリンジを差し込んだ。
それでも体重は減っていく。焦りにも似た気持ちを抱え、「うー」とうなり首を振るぽんたにミルクを飲ませようとする私に、見かねたようにツレアイが言った。
「もうやめなよ、ぽんた、飲んでないよ」
我に返ってぽんたを見た。口の周囲はミルクでべたべたしており、からだもところどころ、ミルクの染みで薄汚れていた。あたりの床と壁には、クリーム色の飛沫が派手に付着していた。
これまで、エリザベスカラーを着ければ素直にミルクを飲んでくれたぽんただが、最近はそうではなかった。口をかたく閉じて抵抗することが多くなっていた。
無理にこじ開けてミルクを口の中に垂らすことはできたが、ゴクンと飲み込んではくれない。結局ミルクは口の端からあふれ、私はそれをティッシュでふき取り、また次のミルクを注入する。ぽんたが飲み込むまで、これを繰り返すうち、シリンジは空になった。
毎回、空になったシリンジを見て、ぽんたはミルクを飲んでいる、そう思い込んでいた。というより、思い込もうとしていた。
ぽんたは、ミルクが飲みたくない。からだが、ミルクを受けつけない。
その事実を認めたくなかった。ミルクは、ぽんたの命綱だ。
飲めなくなったら、覚悟をしなければならない。
私はシリンジを床に置き、幼児のように大声で泣いた。
ぽんたの腎臓の数値は再び計測不可能な値まで上昇した。一日おきに通院し、皮下点滴を行うようになった。点滴をすると少し元気を取り戻すようだったが、機嫌よさそうに尻尾を立ててリビングを歩き回ることはない。猫用の見晴台やチェストに飛び乗って外を見ることも減り、床や、ソファの上でじっとしていることが増えた。
ミルクは、ぽんたが飲み込める量を、様子を見ながら少量ずつ与える程度に留めた。体重はさらに減り、3kgを切った。
猫ベッドの中や、おねしょシーツを敷いた私のベッドにときどき粗相をするようにもなった。トイレできばっても、自分で排便できなくて、病院で先生に出してもらうこともあった。
それでも、体調のよさそうな日はベランダに出たがり、出してやると脚をチョロチョロとなめ、少し顔を前脚で洗うと、丸くなってひなたぼっこをする。
この頃、仕事で知り合い、意気投合した女性が、小学生の娘Rちゃんを連れて遊びに来ることが決まった。
Rちゃんは猫が大好きだがぜんそくがあり、現在、家で飼うことはできない。これまで、まともに猫にさわった経験もなかったが、最近は症状も軽くなったため長時間でなければ猫と過ごせるようになった。それで、ぽんたに会いたがっているのだそうだ。
ぽんたは病気で、健康な猫のように一緒に遊んだりはできない。そのことは伝えた。それでも「ぽんたが寝ているだけでもいい。お見舞いに行きたい」と楽しみにしているという。
Rちゃんが来るのは、1カ月後だ。
「小学生の女の子がお見舞いに来てくれるよ。若い子になでてもらえれば元気になるかもね。それまで、がんばろう」
そう声をかけながら、私は骨ばったぽんたの背中をなでた。
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