元野良猫「ぽんた」が望んでいたトイレは…気づかなくてごめんね(10)

 夜鳴きと粗相をした翌日の午前中、ぽんたは、居間や台所に来ては、食卓やチェストにのぼったり、寝不足のためソファでうたた寝をする私の横にすり寄ってきたりした。隠れている時間が多かった昨日に比べると、だいぶ環境になじんできたようだった。

(末尾に写真特集があります)

 今日も、私は外出の予定を入れていない。なんとか、トイレを成功させたい。

 昼頃、ぽんたが床をかくしぐさをした。「トイレサイン」だと思い、抱き上げて砂にのせるが、くるりと向きを変えて出てしまった。

 落胆する私の横でツレアイは言った。

「そんなトイレで、本当に猫はオシッコするの?」

丸々とふくよか(小林写函撮影)
丸々とふくよか(小林写函撮影)

 私が購入した猫トイレは2層式で、すのこ状になった上段に固まらない猫砂を入れ、下段には尿を吸収するためのシートを敷いて使用する、システムトイレとも呼ばれるものだ。これを選んだのは、近所に住む猫飼いの先輩、Sさんが使っていたから。「閉め切った部屋でも臭わないし、しょっちゅう猫砂を交換する手間もいらない」とすすめられ、便利で快適そうだと思ったからだった。

「でも砂っていうけど、こんなに粒が大きいんじゃ、乗ったときに痛いんじゃないかな?それに猫は本来、砂や土をかいて排泄する習性があるのに、2層式では踏ん張れなくて安定が悪い。第一、こんな砂じゃ、かけないよ」

 とツレアイは続けた。

 私は、今人気のトイレらしいから大丈夫、と説明した。ただ、確かに猫砂は、Sさんの家で使用していたものより粒が大きく、素材も硬そうだ。そこで、粒の小さい紙製の猫砂を近所のスーパーまで買いに行き、入れ替えた。その後、注意深く、ぽんたの「トイレサイン」を待つが、気配はない。

 嫌な予感がして、寝室に行ってみた。ベッドの上には形跡はなかったが、ふと出しっぱなしにしておいたキャリーバッグに目をやると、中に敷いた吸水シートがぬれている。

腕組みをしながら監督。「その言い回しはおかしいね」(小林写函撮影)
腕組みをしながら監督。「その言い回しはおかしいね」(小林写函撮影)

 私は、シートが吸い込んだ尿を絞り、ティッシュに染み込ませ、新しい猫砂の上に置いた。猫は、自分の尿の臭いがついた場所だとオシッコをするらしいからだった。

 今度こそはと期待をかけて、再びぽんたが「トイレサイン」をしたタイミングでトイレに運ぶ。しかし、ぽんたは、ティッシュの臭いを嗅いだものの、またもや興味なし、という感じで、床に飛び降りてしまった。そのまま、私の部屋に入っていくので追いかけると、ベッドに飛び乗り、前脚をそろえて立てたまま腰を落とし、じーっと一点を見つめたまま動かない。あっと思い、慌てて抱き上げると、シーツの隅が温かく、しっとりとぬれていた。

 ツレアイと2人、あたふたとシーツをはいでいる横で、申し訳なさそうに鎮座しているぽんた。でも、悪いのは、ぽんたではないのだ。

「ちょっと、遊んでちょうだい」(小林写函撮影)
「ちょっと、遊んでちょうだい」(小林写函撮影)

 そうこうするうちに夜もふけ、深夜、ぽんたがまた大声で鳴き始めた。
 昨晩同様、ぽんたは家の中を走り回る。ソファの上に飛び乗ったとき、おしりからコロンコロンと茶色いブツが転がり落ちた。慌ててティッシュで拾う私の足元で、「トイレサイン」をはじめた。

 ツレアイが叫んだ。「ベランダから四角いプランター持ってきて!」

 家のベランダには、育てていた植物が枯れたあとの、土だけになったプランターが幾つも放置してあった。そのうちの一つ、口が広く浅めのものを家の中に運び、せかされるままに、ツレアイが床に敷いた新聞紙の上に置いた。

 ぽんたはプランターの臭いをかぐと飛び乗り、前脚を高速回転させて土を掘ると、その上に座った。まもなく、プランターの下からちょろちょろと液体が流れ出て、新聞紙に吸い込まれていった。
 
「さすが、元野良だなあ」と感心しているツレアイ。

 動物との暮らしは、マニュアル通りにはいかない。システムトイレが「便利で快適」なのは人間の目線からであり、猫も同じかどうかはまた別だ。

 砂を思いっきりかくことができ、どこかほっとした様子のぽんた。

「トイレができてえらいね、気がつかなくてごめんね」

 頭をなでながら、私は言った。

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【次の回】家に来てから10日 元野良猫「ぽんた」の思わぬ変化に驚く(11)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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