末期を迎えた猫「ぽんた」 穏やかに旅立てるようにしてやりたい(46)

 ぽんたが慢性腎臓病と診断され、「余命2年」と宣告されたとき、私はすぐに本屋へ行き、老猫との暮らし方についての本を買った。猫の看取りにふれている本だった。

(末尾に写真特集があります)

 それまでの私は、「はじめての猫の飼い方」といった飼育本を事あるごとに頼りにしていた。そうしてぽんたとの暮らしに慣れ、この日常がずっと続くのだろうと思っていた矢先に、「終わり」があることをつきつけられた。この先、どこに気持ちを向けていったらよいかわからず、道標となるものが欲しかった。

 本には、介護や看取りについての実践的な事柄以外に、いずれ別れの日が来ることを常に頭に入れておくことや、病気の宣告を受けた場合に何をすべきか、どのように最期を迎えたいのかを家族で話し合っておく必要性などが書かれていた。

 腎臓病は完治は望めない。だが、ゆっくりと進行していく病気だからこそ、「その日」に向けての覚悟や心構えを整理する時間が持てる。治療も含めて、ぽんたに何をしてあげられるか、自分がどうしたいのかを考えることができる。

 それがわかり、私の心は少し落ち着いた。この本は座右の書となった。

 腎臓病と診断されて2年と8カ月目に入り、一時は持ち直したぽんたの病状が、療法食のミルクを受けつけられないほど悪化した頃、久しぶりにこの本を開いた。

 暗記するほど読んだ文章を目で追いながら私は思った。今、ぽんたにしてやれることは、残りの猫生に寄り添うことだけなのだろうと。

「うんわかった、ぽんた平気だよ」(小林写函撮影)
「うんわかった、ぽんた平気だよ」(小林写函撮影)

 秋が深まると同時に、ぽんたの病状は、ゆっくりと進んでいった。

 2〜3日に1回、動物病院へ連れては行ったが、皮下点滴をしても目に見えて回復することはなかった。体重は2.8kgになり、体温も下がってきていた。

 リビングに出てくることはほとんどなくなり、出てきても足取りに元気はなく、ソファに座っていても私のひざにのっていても、どこかしんどそうだった。

 チェストの下に行って窓を見上げることはあったが、飛び乗ることはなくなった。

 尿毒症が進み、鼻水や口のまわりのよだれが目立つようになった。ミルクの飲み方も芳しくなくなり、シリンジを顔に近づけた途端に「シャー」と威嚇されたのを機に、給餌は諦めることにした。

 薬を飲み込むのもつらそうなので、朝晩2回の投薬を、1日1回、血圧を下げる薬のみに減らした。

「昼寝をしているときに触らないで」(小林写函撮影)
「昼寝をしているときに触らないで」(小林写函撮影)

 洗面所にあるタオルの棚がぽんたのお気に入りの場所となった。朝も昼も夜も、ここでじっとしている時間が増え、トイレと、水を飲みに行くときしか離れなくなった。

 ここは棚の一番下の段で、使わなくなったバスマットが重ねてあり、この上にぽんたは座っていた。やわらかくて居心地がよいのだろう。私は、棚を整理してぽんたがくつろげるようにスペースをつくり、マットの上にはペットシーツを敷いた。

 ぽんたは猫トイレまで歩いて行くのも億劫な様子で、失禁の回数は増えていた。また水を飲みに行っても口をつけず、顔を水に浸すようにしたままじっとする姿をしばしば目にした。

 11月の初旬、ぽんたに軽い引きつけのような症状が出た。病院に連れて行くと体温は35度台で、使い終わった点滴パックを再利用した湯たんぽが支給された。帰宅し、電子レンンジで温めてタオルで巻き、ぽんたのからだにあてる。お気に入りの棚がある洗面所はそろそろ冷えるようになっていたので、ありがたかった。

 この夜は久しぶりにぽんたが私のベッドまでやって来て、顔の近くに丸くなって寝た。

「今年の桜もきれいかな」(小林写函撮影)
「今年の桜もきれいかな」(小林写函撮影)

 その翌朝、痙攣をおこした。

 病院に運ぶと、体温は34度台だった。脱水もひどく、意識も朦朧としているようだ。皮下点滴の最中も、うーともあーとも声を立てない。

「先生、あと、どのぐらいでしょうか」

 私はたずねた。

「今週末までもつかどうか……ですね」

 この日は火曜日だった。申し訳なさそうな先生の顔を見て、涙がこみあげた。今後についてたずねると、点滴をしても元気が戻らないようなら、通院はせずに家でゆっくりしたほうがいい、との答えだった。

 すっと肩の力が抜けていくのを感じた。私にできるのは、ぽんたが穏やかに旅立てるようにしてやること、あとはそれだけだ。

「えらかった、ぽんた、よくがんばったね、おうちで休もう」

 声をかけながら、ツレアイと私はかわるがわるぽんたをなでた。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】療法食を受けつけなくなった猫「ぽんた」 体重は3キロを切った(45)
【次の回】家で過ごす末期の猫「ぽんた」 できるだけそばにいようと決めた(47)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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