初めてハチワレ猫をなでた 曲がり角で見つめあった夜(3)

 スーパーの裏の空き地に出没する茶色い猫を、ツレアイと私は「にゃーにゃ」と呼んでいた。

(末尾に写真特集があります)

 地域で人気の猫を独占したいという気持ちが湧いたからといって、いざうちで飼うとなると二の足を踏む。そもそも、野良猫を飼い猫にすることは可能なのか? 子猫ではなく、成猫だ。しかもわが家はペット飼育が許可されているとはいえ、マンションである。

 インターネットで検索をした。人に慣れている成猫なら、野良から家猫になる例は珍しくないようだった。ただし、庭にやってきてそのまま居ついた、とか、近所でなつき、家まで後をついてきたなど、猫の自主性によるケースが多い。「ひょいと拾ってきて飼う」というのは、子猫か、けがをした猫以外では、適当な例は見当たらなかった。

テリトリーを散策する「にゃーにゃ」。(小林写函撮影)
テリトリーを散策する「にゃーにゃ」。(小林写函撮影)

 また、外で暮らしていた猫は、病気や寄生虫を持っている危険性が高い。保護したら、その足で病院へ連れて行き、感染症の検査や血液検査、ふん尿検査、寄生虫の駆除を行う。予防接種や不妊手術、病気がみつかった場合の治療の有無。家に連れて帰ったらトイレのしつけがあり、完全室内飼いにする場合は、元野良猫なら間違いなく外に出たがるので、万全の脱走予防対策を立てなければならない。ストレスなく過ごせる環境を室内に備え、辛抱強く、猫が新しい生活に慣れるのを待つ……。

 私は検索をやめた。猫飼い初心者が手を出せるような「代物」ではなさそうだ。

 それに「ひょいと拾う」といっても、私は猫を抱き上げた経験すらない。そこである日、空き地に行き、「にゃーにゃ」相手に練習を試みた。背中側から前脚の下に手を入れて引き上げようとした途端、猫は「うー」とうなり、4本脚で地面に突っ張った。思わぬ抵抗に私は慌てて手を離した。ごめんね、と言いながら顔をのぞきこむと、前脚の爪を出し、私の額を引っかいた。

ブロック塀も縄張りの一部。(小林写函撮影)
ブロック塀も縄張りの一部。(小林写函撮影)

 この猫は、人に飼われることは望んでいない。少なくとも私には。

 引っかかれたことはショックだったが、こう解釈することで、どこかほっとしていた。望まれていなくても、猫の命を守るために保護するのが、動物愛護の考え方の一つなのかもしれない。しかし、野良猫だろうが、ペットショップに並ぶ血統書付だろうが、今の私には、猫を飼うことで生じる責任も、金銭的な負担を背負う覚悟や自信もないのだった。

 それからも、毎日のように空き地に行っては「にゃーにゃ」をなでた。「にゃーにゃ」には、空き地以外の場所でも、ときどき出会うことがあった。

 秋が深まりつつあった、ある日のこと。夕食後に一人ででかけたコンビニからの帰り、古びたアパートの前を通りかかると、外階段の下にたたずむ猫の姿が目に入った。「にゃーにゃ」かと思い近づくと、違う猫がじっと私をみつめていた。白と黒のツートンカラーで、顔の上半分が仮面をかぶったように黒く、額から鼻にかけては八の字に白く割れている。

君はどこの猫?(小林写函撮影)
君はどこの猫?(小林写函撮影)

 「変わった柄……」と思った。「やっぱり猫は茶色じゃないと」などと考えながら、視線につられて手をのばすと、猫は頭を差し出す姿勢で歩み寄ってきた。なでると、コロンと横になり、大きくのびをした。しゃがんでさらに頭とあごをなでる。今度はゴロンゴロンと右左に地面を転がった。「もっとなでろ」と言わんばかりだ。

 しばらくなでて、立ち上がると、「ほなー」と鳴いた。自宅へ向かって歩き出すと、鳴きながら後をついて来る。困ったなと思ったが、曲がり角にくると猫はぴたりと歩みを止め、前脚を2本そろえて座った。家路を急ぎながら振り返ると、猫はまだこちらを見ている。もう一度振り返ると、毛づくろいをはじめるところだった。

 飼い猫なのか、野良猫なのかは、定かではなかった。一心に体をなめ続ける姿に向かって私は、「また明日来るね」とつぶやいた。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】スーパーの空き地で出会った野良猫 「あのこ」なの?(2)
【次の回】その日、ハチワレの野良猫は私のひざから降りなかった(4)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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