高速道路の壁に子猫 奇跡的に救出、「みらくる」と名づけられる

 首都高速道路を走行中の女性が見たのは、防音壁にしがみつく子猫。道路を管理する首都高速道路会社の捕獲チームによって救助された子猫は「みらくる」と名づけられ、恩人の女性の元ですくすくと育っている。

(末尾に写真特集があります)

こんな場所に子猫が!

 8月25日の朝10時過ぎ。古山ひな子さんはハンドルを握り、自宅のある埼玉県から東京湾岸のお台場に向かって、首都高5号線を走行していた。

 都内に入ったあたりだった。前方の防音壁に、子猫らしきものが貼りついているではないか。スピードは出ていたが、古山さんは遠視のため、遠くがとてもよく見えるのだ。

 現場に近づくにつれ、判明した。ハチ割れ子猫が防音壁の狭い土台の上に立ち、必死に壁にしがみついていたのだ。すぐそばをビュンビュン通る車の方へ顔をねじ向けている。その目は恐怖にカッと見開かれていた。すれ違いざま、目が合ったという。

「子猫がいたー!」

 思わず、隣席の友人に叫んだ。すれ違う車の中に子猫がいたと思ったらしく、驚きもしない友人に、また叫んだ。

「壁に子猫が貼りついていたー!」

警察署から引き取ってきた直後(彩の猫提供)
警察署から引き取ってきた直後(彩の猫提供)

 二人で、「どうしよう、どうしよう」と言い合ったものの、「あの子は絶対に死んでしまう」という絶望的な観測が、頭の中でぐるぐる回るばかり。なんといったって、高速道路の壁なのだ。運転者に救うすべなどない。子猫はほどなく力尽き、パニックに陥ったまま、車道に飛び出すだろう。

「だけど、あの目が必死に『助けて!』と言っていた。何ができるかを、とっさにパパッと考えました」

 照明ポールの番号を懸命に暗記。次の緊急避難帯を見つけるや、ゆっくりと速度を落として車を停めた。

 かつて一般道路を走行中に、落下物や動物の死骸を見つけたことがあった。そんなときのために、「#9910」の道路緊急ダイアルをスマホに短縮で登録してある。そこに電話すると、首都高の係の電話番号を教えてくれた。

「子猫が防音壁にしがみついていました。ポール番号○○○○の埼玉寄りです」

 きびきびした声が返ってきた。

「すぐに向かわせます」

首都高で保護され、警察署に届けられた日(彩の猫提供)
首都高で保護され、警察署に届けられた日(彩の猫提供)

「捕まえられました!」

 古山さんは、埼玉県南部を活動の拠点とする小さな保護団体『彩の猫(さいのねこ)』のメンバーである。公園猫などのTNR、捨て猫や傷病猫などの保護や譲渡先探しを続けている。この日は、お台場での譲渡会に参加するため、会場に向かう途中だった。

 会場に着くなり、『彩の猫』代表の堀口みゆきさんに子猫事件の顛末を伝えると、堀口さんは言った。

「その子がもし無事に救い出されたら、うちで引き取るって伝えた?」

 再び首都高の係に電話をすると、さっきの人とは違う人だったが、事情をよく知っていて、ていねいに説明してくれた。

「保護動物や落下物は、ご連絡をいただければ管轄の警察署に届ける規定です。もし無事に救出された時は、どこの警察署に届けたかお知らせしますので、警察署と交渉してください。ただし、残念ながら救出が間に合わず、ひかれていたりした場合は、お知らせしません」

 奇跡を願って連絡したものの、古山さんの胸にはこんな思いが渦巻いていた。「捕獲班のお兄さんが近づいても、おびえきった子猫はいっそうパニックになって道路に飛び出し、一瞬でひかれてしまうに違いない。かわいそうに、かわいそうに……」

 譲渡会の最中も、脳裏からあの子猫の目が消えない古山さんの元に、首都高から連絡が入ったのは、午後1時頃だった。

「捕まえられました!」

「え~~!! すごいですねえ、すごいですねえ」と、歓喜の『彩の猫』一同。電話の向こうの声も、「まあ、いろいろやりますから」と、うれしそうだった。

奇跡的に救われたいのち

 救われた子猫が届けられたのは、保護現場に近い警察署。譲渡会後に駆けつけると、子猫は、清潔な新しいケージに入って、ちゃんとご飯と水をもらっていた。「3カ月間は拾得物扱いで、飼い主が現れたら返す」という約束のもとに、堀口代表が手続きをし、『彩の猫』の保護猫として引き取った。

「この警察署は、動物愛護法もよくご存じで、近隣の愛護団体や動物専門学校などと連携して、保護から譲渡につなげる努力をなさっているところでした。ありがたかったですね」

 動物病院の見立てでは、子猫は生後3カ月半くらいの男の子。人馴れしておらず、毛のパサつき具合からも、外暮らしだったと思われる。高速の出入り口から、誤侵入して壁を伝って進んでしまい、パニックに陥ったのだろうか。それとも、トラックの荷台に乗りこんでしまい、高速道路に入ってからあわてて飛び降りたのだろうか。

 奇跡のように救われたこの小さないのちに、自宅預かりを引き受けた古山さんは「みらくる」と名づけた。

堀口さん(右)と、古山さん(左)
堀口さん(右)と、古山さん(左)

すべての猫に幸せあれ

 首都高速道路会社は、こうした猫の誤侵入などにどのように対応しているのだろうか。広報に話を聞いた。

 道路上に動物が発見された場合は、2次災害防止のため、通報を受けるやすぐに保護に向かう。通常、標識車1台と作業車1台の計4名が、車線規制をして対応する。猫の保護は、多い時で1日に数件の季節もある。おびえている猫にはゆっくりと近づき、厚手の手袋で捕まえる。走り回って危険が伴う場合は、さらに交通巡回パトカーも加わり、網を使ったりする。犬、タヌキ、大型の鳥の保護もあるそうだ。

「高速道路で動物を発見したら、急ブレーキをかけずに、近くの緊急避難帯にゆっくりと車を停め、#9910へ。照明ポールの番号などを伝えていただけると、場所特定が早くできます」とのこと。

 まさに、古山さんはこの通りに行動していた。ただただ救いたいという一心がそうさせたのだった。

 みらくるくんは、まだまだビビりだが、なでると遠慮がちにゴロゴロいうようになった。食いしん坊で、ご飯の支度をしていると、先住猫を押しのけて最前列で待っているという。

「こんなみらくるでもいいよと、言ってくれる人が現れるのを、ゆっくり待ちます」と、古山さん。

 今、彩の猫のメンバーは、保護猫たちを抱えながら、先週の大雨で住処を失った外暮らしの猫たちの安否確認や保護に駆け回っている。「みらくる」という名前には、これまで救うことが叶わなかった外猫たちへのこんな思いも込められているようだ。

「外でいつも危険にさらされている猫たちのいのちがこうして救われることはミラクル。いつかそれがミラクルなことでなく、みんなで連携し合うことで、猫たちすべてのしあわせと安全が当たり前の世の中になりますように」

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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