家に迎えた猫「店に返したい」 土下座して頼んだ青年が選んだ道

青年の家でのチャバ(サビ猫)と笑(黒猫)
青年の家でのチャバ(サビ猫)と笑(黒猫)

 保護猫を家族に迎えるにためには、厳しい条件があるのでしょうか?そんな質問をされることが多い。新しい飼い主さんのもとで猫が再び悲しいめにあってはいけない。そのため、誰にでも譲渡できるわけではない。ただ、条件は決して厳しいものではなく、ひとことでいえば、その猫が最期を迎える時まで、家族として愛情と責任を持って飼うことができますか?その決心がありますか?それだけのことである。

(末尾に写真特集があります)

「猫を譲渡してもらえますか?」

「男の一人暮らしなんですけど、猫を譲渡してもらえるもんでしょうか?」

 もう6年も前のことになるが、一人の青年が保護猫カフェねこかつへやってきて、猫を譲り受けたいと相談してきた。

「大丈夫ですよ。ただ、お仕事でお留守番が長いですよね。そうすると、猫一匹でずっとお留守番だとかわいそうなので、二匹で迎えてもらうのが理想だと思います」

「やっぱりそうですよね。わかりました。考えてみます」。その青年は、それから休みのたびにお店に通ってくるようになった。

「どの子もかわいくって、選べないっすよ!」。お店に来るたびに彼はそう言った。

チャバと笑に決めた

 その彼がある日、「チャバと笑(しょう)に決めました。梅田さん、いいっすか?」。そう言ってきた。

「チャバと笑でいいの?」

「はい、決めました」。彼はうれしそうに笑った。

手術後の笑
手術後の笑

 チャバはひっこみじあんな性格で、お客さんの前にはほとんど出られずに店主の私の後ろに隠れているような猫だった。笑は保護したとき片目の眼球が破裂していて、眼球摘出の手術をした猫だった。

「喜んでお届けしますよ」。彼らしい選択にうれしくなった。

「俺なんかでいいんですかね」。チャバと笑をみながら彼が言った。

 チャバと笑が彼の家族になってからも、彼はたまにねこかつに顔を出してくれた。

「話があります」と神妙な声

 それから数年して、彼がサラリーマンを辞めて、ねこかつのある川越の街に飲食店を出すことになった。スタッフと一度ご飯を食べに行った。ひとりで切り盛りしているおいしいごはん屋さんだった。しかし、開店して間もないお店にお客さんは少なかった。

「梅田さん。話があります。今日の閉店後にねこかつに行っていいですか?」

 彼のお店にご飯を食べに行ってしばらくたったある日、電話がかかってきた。いつもと違って神妙な声だった。

「2匹を返したいんです」

 閉店後、彼がやってきた。片づけをしながら彼を招き入れると、後ろでゴン!という大きな音が鳴った。床に何かをたたきつけたような音だった。慌てて振り向くと、彼が土下座をして床に頭をたたきつけていた。

「梅田さん。すみません。チャバと笑を返したいんです」

 土下座して頭を床に擦り付けたまま、彼が言った。

「どうしたんですか?」

「店を閉めることにしました。開店するのに予想以上にお金がかかってしまって貯金もなくなりました。もう続けられません。田舎に帰ることになりました」

青年の家でのチャバ
青年の家でのチャバ

 田舎のご両親は猫を連れてくることに大反対をしている。これまでご両親に心配をかけてきたので、ご両親の反対を押し切ることはできないとのことだった。

「もうチャバと笑を飼えないと決めたということですか。だったら、あなたの家にいるチャバと笑がかわいそうです。今すぐ返してください。いますぐです」

「すみません」。彼はチャバと笑を連れてくるために家に帰った。

大変な時かもしれない、だけど

 しばらくすると、キャリー2つを手に持った彼が戻ってきた。

 彼はお店に入ってきて、チャバと笑が入った2つのキャリーを置くと、再び土下座をして「すみません。すみません」と言って泣き出した。

「そうじゃないんですよ。いま戻ってくる間に、考え直して欲しかったんですよ」。キャリーの中の元気そうなチャバと笑を見ながら、思いつめている彼に話した。

「偉そうなことを言うかも知れないですけど」そう前置きして話をした。

青年の家でくつろくチャバと笑
青年の家でくつろくチャバと笑

「いま、お店も続けられなくなって、人生で一番大変なときかも知れない。でも、ここでチャバと笑を手放したら、一生後悔すると思いますよ。どこかで猫を見るたびにずっと頭の中に後悔がよぎる。あの時、チャバと笑を捨てたんだって。あなたが真面目な人だから言うんです。いいかげんな人だったら、こんなことは言わないです」

 彼が頭をもちあげてこちらを見た。

「いまが踏ん張り時なんですよ。ここで踏ん張ってチャバと笑を守ってあげてください。そうすれば、あの時は大変だったけど、踏ん張って良かったなってきっと思える日がくるはずなんです」

 30分くらいは話しただろうか。

「分かりました。自分が間違っていました」。そういって、彼はチャバと笑を連れて帰った。

愛猫2匹をつれて田舎へ

 それから数日後、チャバと笑を連れて田舎に帰ることになったと連絡があった。それからしばらくして田舎に帰ったはずの彼が譲渡会場に現れた。

実家に戻ったあとのチャバと笑
実家に戻ったあとのチャバと笑

「ここなら梅田さんが絶対いると思ったので。チャバと笑は元気にしています。譲渡会で忙しいと思うので帰ります。ありがとうございました」。それだけ言って彼はいなくなった。

青年から届いた長いメール

 それからまた数年経ったある日、彼からメールが来た。若くなかったチャバが腎不全で亡くなったとあった。一生懸命に看病したとわかる長いメールだった。

 チャバは残念ながら亡くなってしまったが、笑は彼のもとで今も元気にしている。笑がひとりで寂しそうなので、新たに猫を迎えようか考えているとのことだった。

 猫を家族に迎えるとき、子猫であれば先の20年を考えなければいけない。20年の間には人間なにがあるかわからない。でも、簡単には諦めないで欲しい。猫たちが頼ることはできるのは飼い主さんだけなのだから。

保護猫・保護犬譲渡会
日時:12月29日、1月26日 12~15時
場所:ホームズさいたま中央店(さいたま市中央区上落合 8-3-32)
主催:保護猫カフェねこかつ

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梅田達也
保護猫カフェ「ねこかつ」代表。保護したり行政施設から引き出したりした保護猫の飼い主を募集する場として、保護猫カフェを運営しながら、ほぼ毎週末、各地で譲渡会を開催している。TNR活動にも力を入れており、講習会も開いている。

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この連載について
猫模様~保護活動の現場から~
飼い主のいない猫を保護、譲渡する活動を続ける保護猫カフェ「ねこかつ」代表の梅田達也さんが、保護活動の現実について語ります。
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