腎臓病が進む猫「ぽんた」 足取りふらつき、朝一番で病院へ(39)

 ぽんたが慢性腎臓病と診断されてから2年と5カ月目に入った。動物病院で皮下点滴と給餌をした翌朝、起床するとぽんたは私の部屋のクローゼットの中で眠っていた。

(末尾に写真特集があります)

 昨晩は私たちが就寝する時間になっても、リビングのテレビの裏から出てくる気配がなく心配していたのだ。この日の朝は元気そうで、日なたでのんびりと顔を洗い、私の足にもすり寄ってきた。

 様子を見ながら、朝と昼に2回、ペースト状のフードを口の中に入れてみた。わずかな量だったが、抵抗せずに食べてくれたのでうれしく、安心して仕事にでかけた。

 しかし夜帰宅すると、いつもは玄関に出迎えにくるはずの姿が見えない。名前を呼びながら探すと、普段は潜ることのないリビングのソファの下の、奥の方で丸くなっていた。声をかけると出てきたが、心なしか足元がふらついている。

「おばちゃん、少しはブラッシングうまくなったね」(小林写函撮影)
「おばちゃん、少しはブラッシングうまくなったね」(小林写函撮影)

 その日の晩も、ぽんたはテレビの裏で過ごした。トイレと水を飲む以外に立ち上がることはなく、顔も洗わず、毛づくろいもせず、前脚に頭をのせた格好で横たわっていた。

 翌朝、昨日にも増して足取りがふらふらしているぽんたは、窓辺のチェストに飛び乗ろうとしたが失敗し、前脚を縁に引っ掛ける姿勢から床にずり落ちた。

 私はぽんたを抱え上げてキャリーバッグに入れ、朝一番に病院に連れて行った。

 血液検査の結果、ぽんたの腎臓の数値はクレアチニンが12.1mg/dlと正常値の約6倍で、BUN(尿素窒素)とリンは計測不可能な値まで上昇していた。

 ひどい貧血であることもわかった。ぽんたの足元がふらついている理由は、それだった。腎臓は赤血球を造り出すためのホルモンを分泌している。腎臓病が進むとこの機能も低下し、新しい赤血球が補充できなくなる。そのため、貧血になるという。

「この数値だと、数日間入院して静脈点滴を行い、からだの中の老廃物を集中的に外に出すことが必要なのですが……ぽんちゃんは長く病院にいるのは嫌いなので、できる限り頻繁に通院してもらって、これまで通り皮下点滴をしましょう」

「商売道具の上に乗るなって?おじちゃん全然使ってないじゃん」(小林写函撮影)
「商売道具の上に乗るなって?おじちゃん全然使ってないじゃん」(小林写函撮影)

 院長先生の話を聞き、そんな悠長なこと、と私はうろたえた。「え、」と口にし、「それでも入院治療を」と続けようとした私の気持ちを見越したように、先生はきっぱり言った。

「いや、やめたほうがいいです。入院はぽんちゃんにとって大きなストレスになります」

 言葉が出なかった。おそらく、ぽんたの症状は末期なのだ。「腎臓病は、安定していた状態が悪くなりはじめると、一気に進行する傾向がある」と、先生には以前言われていた。

 もし、静脈点滴によって完治する病気であれば、無理して入院させる意味もあるだろう。だが、慢性腎臓病は完治が望めるわけではない。残された猫生の中で、脚に針を留置され、狭いケージに何日も閉じ込められた状態で過ごすことが、今のぽんたにとって幸せだろうか。

 ぽんたが家での給餌を拒むようになり、ツレアイと話しあい、決めたことがあった。

 それは「ぽんたにとってストレスのかかる治療は避ける」「無理に延命はしない」「『その日』が近づいてきたら、できるだけ長く家で一緒に過ごす」ことだった。

「床掃除してくれてありがとう。スポンジの滑りがいいよ」(小林写函撮影)
「床掃除してくれてありがとう。スポンジの滑りがいいよ」(小林写函撮影)

 その翌日からは、私たちは毎日ぽんたを病院に連れて行った。 

 ぽんたは、点滴中は「うー」「あー」「シャー」と相変わらずうるさく抗議をするが、通院そのものには抵抗はしない。点滴と給餌の効果で、2日たつと少し元気がもどり、造血ホルモン注射のおかげで貧血も改善され、足取りもしっかりとしてきた。

 昼も夜も、テレビの裏やソファの下に潜って過ごしているが、頭を起こしている時間も長くなり、のぞきこむと口を小さく開いてあいさつするようにもなった。

 4日経つと、リビングを歩き回り、のびをするようにもなり、夜には、私のベッドにのぼり、脇腹にくっついて目を閉じるようになった。

 ぽんたをなでると、背骨がゴツゴツと手にあたる。黒光りする毛並みが自慢だったのに、自分で毛づくろいができないせいで、毛の色はくすみ、ベタついている。

 猫用のシャンプータオルで、ぽんたのからだをていねいに拭くことが日課に加わった。

「きれいにしようね」

 そう声をかけながら私は、ぽんたが再び自分で毛づくろいする日を夢見ていた。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】猫「ぽんた」が寄って来なくなるのがつらい 家での給餌をやめた(38)
【次の回】腎臓病の猫「ぽんた」を介護する日々 大変だがつらくはなかった(40)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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