2度捨てられ、ヨレヨレだった公園の猫 家猫として生きていた

 「あの子」が公園から姿を消したのは、梅雨入り前の今年6月。それまで2度捨てられた経験のある猫だ。カラスに尻尾をつつかれても動けないくらいヨレヨレで、公園の猫たちを見守っている人たちは、生存をあきらめかけた。だが、あの子は、「おうちの子」になって生きていた。

(末尾に写真特集があります)

 埼玉県にある、その広大な公園には、十数匹の猫が棲みついている。みな、ここに捨てられた子たちだ。有志数人によって、その子たちは避妊去勢手術を施され、ご飯と水をもらってひっそりと命をつないでいる。

 その中の1匹、黄色い雄猫も、1年半ほど前にここに捨てられた猫である。人間が大好きな、甘えたがりで気のいい猫だった。去年、そんな彼を気に入った女子高生が家に連れ帰った。可愛がっていた人たちはみな「よかった、よかった」と言い合ったものだ。

「チビ」「親方」などいろいろな名で呼ばれる公園の雄猫
「チビ」「親方」などいろいろな名で呼ばれる公園の雄猫

公園に捨てられた猫たち

 離れた町に住む亀井拓也さんも、公園の猫たちを見守るひとりだ。猫を飼ったこともなかった亀井さんだが、公園の猫たちを気にかけて通いだし、写真を撮るようになった。6年前にたまたまこの公園を訪れたのがきっかけだった。

「肌寒い日でした。ベンチに座っていると、膝にキジトラが乗ってきました。しばらくして立ち上がろうとすると、爪を立てるんです。『行かないで』と訴えるように」

 折しも猫ブームの始まり。世にはしあわせそうな「愛され猫や癒し猫」たちの写真や映像があふれていた。なのに、ここには、通りすがりの人にひとときの温もりを求める、ねぐらもない猫たちがいる。

 違和感を捨て去れずに公園に通い始め、世話をする人達と顔見知りになった。どの猫も耳がカットされているのは、不妊去勢済みの印だと教えられた。

 通ううちに、亀井さんは知る。外猫たちを巡る人々のさまざまな心の様相を。「なんで勝手に棲みついているんだ」とばかり追い立てる人。草陰に置いたお皿の水をひっくり返していく人。猫など目にもとめない人。笑顔を向ける人。話しかけていく人……。

 猫たちは、日中は目立たぬように過ごし、ご飯を運んでくれる人がやってくる日没後に次々と姿を現した。そばにいてやると安心して食べ、ひとしきり甘えるのだ。

 捨てられ、邪険にされ、それでも人間を信じ、寄り添いたがっていた。

 亀井さんはいう。「棒で猫を叩いている若い男を捕まえたこともあります。『3年くらい前からやっていた』と白状しましたが、警察では家族も含めての説諭以上のことはできなかった。子どもの投げた石が命中して死んだ子もいた。今もみんなで警戒するしかありません」

 明日も会えるという保証のない外猫たち。だが、見守る人たちは、もう保護猫でいっぱいいっぱいだ。亀井さん自身、仕事で長期出張も多く、時に野宿して野生動物の写真を撮り歩く写真家でもあるので、猫は飼えない。「すまない」という思いを抱えて通っていた。

弱った姿に「大丈夫?」と、女の子たちも駆け寄ってきた(亀井さん撮影)
弱った姿に「大丈夫?」と、女の子たちも駆け寄ってきた(亀井さん撮影)

あの子が公園に戻った

 今年の春の終わり。家猫になった「あの子」が再び遺棄され、この広い公園内を転々としているという噂が亀井さんの耳に入ってきた。捨てられたのは、「家の中で吐いた」ためだという。

 「ぼくが再びあの子に会ったのは、6月。仲間のいる元の居場所にたどり着き、通路の真ん中でカラスにしっぽを突かれても動かない、別猫のようにやせ細った姿でした」

 すぐに車から水分補給用のおやつを持ってきた。女の子2人組が駆け寄って「大丈夫? がんばって」と言いながら、おやつを与えてくれた。猫はそれをうれしそうに口にした。

 亀井さんは猫を病院へ運び込み、点滴や抗生剤注射などの緊急手当てをしてもらった。体重は2キロちょっとしかなく、血液を採っての血液検査は見送りとなった。

 子猫シーズンのため、一時預かり先はどこも満杯。獣医と話し合った結果、仲間と声を掛け合って見守りながら、公園から通院治療を続け、預かり先の空きができ次第搬送することにした。

 病み衰えた猫を夜の公園へ戻すときは切なかったが、横たわる猫に、仲良しだった大猫がそっと寄り添ってくれた。

 早く元気にして、おうちを見つけてやらなければ。だが、2回目の通院を前に、あの子はこつ然と姿を消した。

 台風が近づいていた。手分けして、やぶの中まで懸命に探したが、見つからない。「あの子は人知れず死んだ」とあきらめかけた。6年前に膝に乗ってきた子がそうであったように。

猫を公園に戻した夜。仲間の猫がそっと寄り添った(亀井さん撮影)
猫を公園に戻した夜。仲間の猫がそっと寄り添った(亀井さん撮影)

鳴かなかった猫が鳴いた

 ところが、あの子は生きていて、家の中で暮らしていた。それを知って、探していた一同は、どれほどうれしかったか。

 台風の前日、横たわるヨレヨレの猫を家に連れ帰ったのは、近くに住むA子さんだった。

「数日前、公園を通りかかったときに、弱った猫を見かけたんです。うちにはもう犬が2匹いるので、『誰か、助けてやって』と祈りながら通り過ぎました。だけど、台風がやってくるという前日、もう放ってはおけず、娘と一緒に探しに行き、連れ帰りました」

 安心したのか、猫は、ぐっすりと眠り、ご飯も食べた。「こてつ」という名をもらい、体重も4キロ台にまで増えてきた。血液検査の結果は「猫エイズと猫白血病のダブル・キャリア」だった。

 A子さんは、その後、こてつを保護した場所を通ったとき、池に釣りにくる年配の男性に「ここにいた猫を知らないか」と問われた。「うちにいます」と答えると、男性は「ああ、有難い」と拝むように喜んだという。

「体調が安定して、一日でも長く、安心して甘えて過ごしてくれれば」と、A子さん一家は願っている。

 亀井さんは家猫になったこてつに会いに行ったとき、その鳴き声を初めて聞いた。公園ではけっして鳴かなかった。今は、病院へ連れていかれるなど、文句があるたびに鳴くのだという。それは、安心しきって甘えている証拠だ。そう、ここは「ボクのおうち」だから。

 ここ数年、亀井さんは各地の外猫の写真展示や現場報告や行政取材などの発信を続けている。6年間、外猫問題を語るときによく言われる『最後まで責任を持てないのなら、猫と関わるな』という言葉とは、ずっと心の中で格闘してきた。

「公園猫を救急搬送したのは、こてつで4度目。切迫した状況を前にするたびに試されている葛藤がありますが、少しずつでも自分のできることに取り組んでいこうと思います」

 そして、静かに続けた。

「厳寒の日も、嵐の日も、そこで暮らすしかない猫たちが、感情を持って生きていることを知ってほしい。心あるつながりを広げたい。だからこそ、やっと家族を持てたこてつのことを記事にしてもらえて、ほんとうにうれしい」と。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」連載は8年目。

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猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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