猫「ぽんた」が寄って来なくなるのがつらい 家での給餌をやめた(38)

 ぽんたが慢性腎臓病と診断されて2年と4カ月が経った。食事をしなくなったぽんたに強制的に給餌をしていたが、最初は協力的だったぽんたも、次第に抵抗するようになった。

(末尾に写真特集があります)

 ぽんたに嫌われたくはなかった。しかし、給餌によって体重が増えれば元気も出て、また自分の口からものが食べられるようになるかもしれない。そうすれば「あのとき無理をしてでも、頑張ってフードを与えていてよかった」と思える。

 そう信じて、私は、給餌を続けた。食べなければ腎臓病はますます悪化する。ぽんたが首を振って抗議しようが、逃げ出そうが、威嚇してこようが、すべてはぽんたのためだと、心を鬼にした。

「王手!」(小林写函撮影)
「王手!」(小林写函撮影)

 ツレアイが長期出張から戻ってきたとき、私は給餌の際にぽんたを保定してくれないかと懇願した。ツレアイは、私からのメールで留守宅の状況を把握していたが、強制的に食事を与えることには難色を示していた。そこを「2人で取り組めば、もう少し楽にできるから」と説得した。

 ツレアイがぽんたの体を押さえ、私が頭をつかんで口を開ける。確かに、口の中に指でフードを適切な場所に入れる作業には集中できるが、ぽんたが嫌がることには変わらない。自分を束縛する手を振り払おうと背中を持ち上げ、立ち上がろうとするぽんたをツレアイが押さえ込む。私は、そっぽを向く顔をつかんで正面に向かせ、口をこじ開ける。

 「ぽんた、ごはんだよ、さあ食べて」と私。

 「ごはんを食べよう、ちゃんとおばちゃんのいうこと聞いて」とツレアイ

 ぽんたに、なんとか3口分を飲み込ませることには成功した。だが、これ以上、私たちの思い通りにすることには限界があった。

 手を離すと、ぽんたは脱兎のごとく私の部屋のクローゼットに向かった。その日はそのまま、夜中になるまで私たちの前に姿を現さなかった。

「給餌はやめよう。ぽんたがかわいそうだよ」

 ツレアイが言い、私はその言葉を受け入れた。これ以上、嫌がる様子を見るのはつらい。それよりつらいのは、ぽんたが私にすり寄ってきたり、夜、ベッドの上にのぼってくることがこの1週間、めっきり減ったことだった。 

「あれ、昨日の夕飯なに食べたっけ?もしや、もらってない?」(小林写函撮影)
「あれ、昨日の夕飯なに食べたっけ?もしや、もらってない?」(小林写函撮影)

 翌日、点滴治療のために動物病院に行くと、ぽんたの体重は4kgを切っていた。

 院長先生に、自分で給餌をするのは難しいと伝えた。

「おうちでは無理はしないで、ごはんは病院に来たときに食べていくことにしようか、ぽんちゃん」

 先生はそう言い、ぽんたの顔をのぞきこんだ。

 2〜3日に1度の通院の際、点滴のあとに看護師さんに給餌をしてもらう。もちろん、それだけでは不十分なので、家ではぽんたの様子を見ながら、無理のない範囲で私がフードを与える。

 1日に必要なカロリー量や、体重維持に固執するはやめ、毎日、少量でも何かをぽんたの口に入れることだけを目標とすることにした。栄養と水分補給に効果的なリキッドタイプの療法食を教えてもらい、それも購入した。 

「首のまわりに、オレンジのワンコがいっぱい。おっさんとしては、こんな恥ずかしいもの付けたくないな」(小林写函撮影)
「首のまわりに、オレンジのワンコがいっぱい。おっさんとしては、こんな恥ずかしいもの付けたくないな」(小林写函撮影)

 看護師さんの給餌は、さすがの手早さで、鮮やかなマジックを見ているようだ。

 ぽんたが装着しているエリザベスカラーの端をつまんで首をちょっと上にむけ、そのまま口の端にシリンジをさっと差し入れる。引き出したときにはシリンジは空になっており、ぽんたはごくっとのどを鳴らす。

 この作業は何度も繰り返されるが、ぽんたは抵抗しない。点滴中のように「うー」とか「あー」とかわめくこともなく、おとなしくフードを飲み込んでいる。

 心地よさそうにしているわけでもなければ、苦しそうでもない。病院でならしかたないと、観念しているようにも見えた。

  その日の午後、病院から戻るとぽんたは、リビングに置いてあるテレビの後ろに隠れてしまった。

 日が暮れてもその場所から動かず、トイレに行ったり水を飲むとき以外は、ほとんど寝ている。顔も洗わないし、毛づくろいもしない。

 これまで、テレビの裏に行くことなどなかったのに、どうしたのだろうか。

 深夜になっても、私の部屋に来ることはなかった。

(この連載の他の記事を読む)

【前の回】給餌を嫌がる猫「ぽんた」 少しでも食べて…懇願しながら与えた(37)
【次の回】腎臓病が進む猫「ぽんた」 足取りふらつき、朝一番で病院へ(39)

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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