おとなしい腎臓病の猫「ぽんた」 この日初めて人間に牙をむいた(33)
ぽんたが慢性腎臓病と診断されてから丸2年が過ぎた。
余命と宣告された期限を超えたが、ぽんたは元気で、毎日機嫌よく過ごしていた。食欲も安定し、体重も適正値よりやや多い4.8kgを維持していた。
慢性腎臓病の進行具合は、おもに血中に含まれるBUN(尿素窒素)とクレアチンの値で判断する。どちらも本来は腎臓から尿とともに排出されるべき老廃物だが、腎機能が低下すると排泄されずに血中にたまる。その量が増えれば数値は上がる。
ぽんたが慢性腎臓病と診断されたとき、BUNの数値は73.5mg/dl、クレアチニンは3.3mg/dlだった。基準範囲がそれぞれ16〜36と0.8〜2.1なのでかなり高い。
その後、腎臓病用の療法食を与える食事療法と、脱水を改善するための点滴治療によってBUNの数値は40、クレアチニンは2.5まで下がった。しかし数カ月後には上昇し、血圧を下げる薬を毎朝投与することになった。その結果数値は下降し、しばらくはBUN36〜38、クレアチニン3.0〜3.2で落ち着いていた。
さらに下がってクレアチンが3.0を切ればと期待したが、投薬開始から8カ月が経過した頃に再び数値が上がり、血流をよくする薬を追加。リンの数値も上昇してきたので、体内にたまったリンを体外に排出させるための吸着剤を、フードに混ぜて与えた。その後リンの数値は下がったが、 BUNとクレアチニンに変化はなかった。ただ上昇もせず、それぞれ40と3.8前後で安定していた。
腎臓病は適切な治療を行っていても、じわじわと進行していく病気だそうだ。実際、数値だけを見ていると、ぽんたの腎臓の働きはゆるやかに低下しているといえる。
腎臓はネフロンという組織の集合体で、一度壊れると元には戻らない。残されたネフロンがその分も働こうと頑張ってはいるが、やがて残ったネフロンにも負担がかかり徐々に壊れていく。
会社に例えるなら、社員が次々とやめていき、少人数体制でなんとかできる範囲の仕事をこなしている、という状態だろうか。そのまま持ちこたえられればよいが、激務のあまり過労で倒れる社員も出てさらに人数が減れば、業務が立ちゆかなくなってしまう。
そしてまた、月1回の血液検査の日がやってきた。
「ぽんちゃん、ちょっとチクっとするからね」「がんばろうね」と院長先生と看護師さんに声をかけてもらいながら採血。続いて皮下点滴を行う。
先生が注射針を刺すために、ぽんたの首の付け根を消毒する。私はぽんたのからだを両手で押さえ、針を刺す先生の手を目で追いつつ、いつものように「先生が飼っていらっしゃる猫ちゃんは……」と雑談をはじめようとした。
そのとき、それまでおとなしくしていたぽんたが突然「うーっ」とうなった。顔を背中に刺さった針のほうへ向け、体をくねらせながら立ち上がろうとした。
注射針がからだから抜けた。「ごめんね、少しの辛抱だからね」と先生は再び針を刺そうと構え、私はさきほどより力を入れてぽんたを押さえた。
するとぽんたは「シャーッ」と声を発して振り返り、先生の腕に向かって牙をむいた。腕を引くのが少し遅ければ、ぽんたは噛みついていただろう。先生の手はかたまり、私は声が出ず、その場に沈黙が流れた。
ぽんたが人間を威嚇する姿を見たのははじめてだった。特に病院ではいつもおとなしく、「とってもおりこうなぽんたちゃん」で通っていたのに。
先生はいったん診察室を出て、さきほどの採血のときに保定してくれた看護師さんを連れ、エリザベスカラーを手に戻って来た。
エリザベスカラーは、手術やけがなどの傷口を、動物が自分で嚙んだりなめたりして悪化させないようにするための保護用具、と思っていた。しかし、こういう使い方もあるのだ。
エリザベスカラーを装着されたぽんたは首の自由を奪われ、不満げな表情をしている。
それでも、もぞもぞとからだを動かして抵抗するぽんただったが、看護師さんにがっちりと脚を押さえられると観念した。
「ぽんちゃん、今日はどうしちゃったのかな、反抗期かな」
点滴が終わり、キャリーバックにおさまったぽんたに顔を近づけて声をかける先生。理由がわからない私は、先生に謝って病院をあとにした。
血液検査の結果、ぽんたの腎臓の数値はまた少し上昇していた。
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